9月29日

 

 東京大学の日影千秋特任助教を中心とする国際研究チームは25日、すばる望遠鏡のHSCカメラによる宇宙の観測により、1000 万個もの銀河の形状における重力レンズ歪み効果を観測することに成功し、銀河などの宇宙構造の形成の度合いを分析する道具となるダークマターの3次元空間分布( 図1 )を作成したと発表した。さらにHSCカメラの観測結果と欧州宇宙機関 (ESA) の宇宙背景放射観測衛星 Planck および他の宇宙観測の結果と組み合わせることで、宇宙の加速膨張をさせるダークエネルギーの性質についても知見を得ることに成功した。

 

 ダークマターは光では直接観測できないが、アインシュタインの相対性理論によると、宇宙の重力は遠方銀河から発せられた光の経路を曲げる重力レンズと呼ばれる現象を引き起こす。遠方銀河からの光は、約90億年もの年月をかけて宇宙空間を進み、すばる望遠鏡に到達する。遠方銀河からの光は宇宙の構造がどのように形成されてきたかの情報源となり、重力レンズ効果を観測することで、加速膨張を引き起こすダークエネルギーの謎にも迫ることができる。ダークエネルギーの最も単純なモデルは宇宙定数であるが、これに基づく宇宙模型は HSC の結果を含む全ての宇宙観測を矛盾なく説明できる。

 

  研究チームはすばる望遠鏡に搭載された HSC を用い、2014年春から大規模な宇宙イメージング (撮像) 観測を行ってきた。今回のHSCの重力レンズの観測結果から、宇宙の構造形成の進行度合いを表す物理量 (以後 S8) を測定することができる。例えばS8 が大きい宇宙では、宇宙の構造がより進化し、より多くの銀河が存在することを意味する。研究チームは、今回の高精度の HSC データの観測結果により、S8 を 3.6% の精度で測定することができたとしている( 図2 )。

 

 またESAのPlanck 衛星によって観測された幼少期 (約40万年後) の宇宙と比較したところ、HSC の測定結果は、Planck が支持する宇宙模型と矛盾がなかった( 図3 )。その模型とは、ダークマターとダークエネルギーが宇宙の全エネルギーのほとんどを占め、ダークエネルギーはアインシュタインが導入した「宇宙定数」のように振る舞う、いわゆる最も単純な宇宙模型である。しかし、これまで重力レンズの観測によって測定された宇宙の構造の成長度合い S8は、Planck 衛星の予想よりわずかに小さい値を示した。これは、ただ単にデータ量が限られていることによる統計的な不定性によるもの、あるいは一般相対性理論と宇宙定数に基づく宇宙の標準模型の綻びを示唆している。

 

 今回のHSC の観測結果は、全計画のたった約 10% のデータを用いたものであり、今後の HSC データにより標準的な宇宙模型への理解をさらに深め、ダークエネルギーの正体を解明できる可能性が十分にあるとしている。

 

 

 

( C ) HSC Project/東京大学

図1 (左) 背後にある青色のカラー地図は、HSC データから測定した宇宙の3次元ダークマター地図 (明るい場所はダークマターがより沢山ある領域を示す) であり、HSC データの銀河の形のゆがみ (図の白線) から推定したものである。白色の棒は、各ピクセルに含まれる銀河の平均的なゆがみの方向を表し、重力レンズ効果を示す。(右) 我々から異なる距離にある銀河を測定することで、それらの光は宇宙空間を旅行し、過去の異なる時代の宇宙における物質 (主にダークマター) により重力レンズを受け、それをすばるデータから測定することで、ダークマターの3次元地図を復元することができる。

 

 

 

( C ) HSC Project/東京大学

宇宙のさまざまな時期の観測によって得られた現在の宇宙の構造の進行の度合いの測定結果。赤い円が HSC の測定結果を示しており、弱い重力レンズ測定の中では、最も遠い (過去の) 宇宙の構造を観測できたことを示している。Planck 衛星の宇宙背景放射による宇宙初期の観測結果や、他の重力レンズ観測である Dark Energy Survey (DES) や Kilo-Degree Survey (KiDS) の結果との比較も示している。

 

 

( C ) HSC Project

3次元のダークマター地図の解析から推定された、宇宙の全エネルギーに占める物質の割合 (それ以外はダークエネルギー) と現宇宙の構造形成の進行の度合いを表す物理量 S8 の測定結果。HSC の重力レンズ観測によって得られた S8の値は、Dark Energy Survey (DES) や Kilo Degree Survey (KiDS) の重力レンズ測定による、より近傍の宇宙の結果と一致している。また図中の青部分は、プランク衛星の宇宙背景放射観測による初期の宇宙の結果を示している。