11月23日

 

 アメリカ国立電波天文台のブレット・マグワイア氏を中心とする国際研究チームは22日、アルマ望遠鏡のバンド10受信機によってさそり座の方向にある「猫の手星雲」の一角を観測した結果、巨大赤ちゃん星のまわりで糖類分子グリコールアルデヒドが放つ電波をはじめ、さまざまな分子が放つ電波(分子輝線)695本を発見したと発表した。さらに、重水の蒸気が巨大な赤ちゃん星から激しく噴き出している様子も明らかにした。これらの研究成果は巨大星が作られる環境を明らかにする上で重要な資料になるとしている。

 

 アルマ望遠鏡では観測する電波を10の周波数帯(「バンド」)に分割し、それぞれに最適な設計で電波受信機が開発されている。この中でもっとも周波数が高い(波長が短い)帯域が「バンド10」である。周波数では787~950GHz、波長では0.32~0.38mmに相当する。

 

 バンド10の周波数帯の電波には、よりエネルギーの高い状態にある分子、つまりより高温・高密度な環境に存在する分子からの電波が含まれている。この高エネルギー状態の電波を解析することで、その方向でどのような化学反応が起こるかを調べることができる。例えば赤ちゃん星近傍での化学反応を調べることで、惑星誕生現場における有機分子の分布を調べることができるのである。

 

 さらにバンド10には非常に単純な構造の分子が低エネルギー状態で放つ電波が含まれる。たとえば、重水(HDO)(*注1)は、周波数893GHzで電波を出すため、重水の分布を調査することができる。地球大気には水蒸気が含まれるため、宇宙にある水分子の観測は地上からは困難であるが、HDO分子が放つ電波を観測することで宇宙における水蒸気の分布を詳しく調べることができる。

 

 今回研究チームは、アルマ望遠鏡のバンド10受信機を使って、巨大星の誕生現場「猫の手星雲」の一角にある領域「NGC 6334I」を観測した。この天体はこれまでに多くの望遠鏡で観測されており、様々な分子が放つ電波が数多く発見されていて、非常に豊かな化学組成を持っていることが知られていた。この付近には多くの原始星が潜んでいるとも考えられ、周囲のガスの分布や化学組成の違いを調べ、巨大星が作られる環境を調べる観測対象として重宝されている。

 

 バンド10でNGC 6334Iを観測した結果、非常に多数の分子が放つ電波(分子輝線)が検出された。そして電波の周波数の分析を注意深く行った結果、砂糖の仲間の中でもっとも単純な構造をしたグリコールアルデヒド分子が放つ電波が含まれていることを明らかにした。このほかに数多く検出された分子輝線の中には、メタノール、メチルアミン、エタノール、ギ酸メチルなど様々な有機分子が放つ輝線が含まれているとしている。若い星のまわりでの有機分子の探査は、生命の起源に迫る研究としても重要である。

 

 さらに重水(HDO)分子が放つ電波の観測では、NGC 6334Iの中心付近からガスが噴水のように噴き出している様子がはっきりと捉えられた。ガスと塵の雲の中で生まれた赤ちゃん星は、重力によって周囲の物質を引きつけるが、その一部を両極方向に激しく噴き出すことが知られている。今回観測されたガスジェットの根元には、巨大な赤ちゃん星 NGC 6334I MM1Bがあると考えられている。そしてこのジェットは、他の観測でこの星のまわりに発見されたより大規模なジェットとやや向きが異なっていることもわかった。重水分子で観測されたジェットは、より若く、星から噴き出したばかりのジェットを見ているのではないか、と研究チームは考えている。

 

 研究チームは上記において示したように、グリコールアルデヒドと重水分子が放つ電波の分布を捉えたが、さらにこの2つの研究成果を比べることで、この領域での化学反応についても調べることができる。グリコールアルデヒドは、氷で覆われた星間塵粒子の表面で、一酸化炭素分子(CO)に水素や酸素などの原子が結合していくことで作られると考えられている。そして今回の観測から、グリコールアルデヒドと重水分子の分布はよく似ていることが明らかになった。これは塵表面で作られた分子が、やがて衝撃波や熱によって塵表面の氷が壊されるのといっしょに星間ガス中に飛び出していったことを示していることを示唆している。

 

 今回検出された分子輝線がたいへん多く、また分子がこの周波数帯で出す電波に関する実験室での実験が十分に行われていないこともあり、すべての分子輝線の同定には至っていない。よって今後実験室での化学実験によって様々な分子が放つ輝線のデータが蓄積されていけば、新しい分子の発見にもつながる可能性があるとしている。

 

 

 

( C ) S. Lipinski/NASA & ESA, NAOJ, NRAO/AUI/NSF, B. McGuire et al.

ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した猫の手星雲と、その一角(NGC 6334I)でとらえられた分子輝線。アルマ望遠鏡とハーシェル宇宙望遠鏡の観測結果を比較すると、アルマ望遠鏡のほうがおよそ10倍もの数の分子輝線をとらえていた。

 


 

( C ) ALMA (ESO/NAOJ/NRAO): NRAO/AUI/NSF, B. Saxton

アルマ望遠鏡が観測したNGC 6334I。中心に巨大な赤ちゃん星NGC 6334I MM1Bがあり、そこから上下方向にガスが噴き出している。重水(HDO)分子が放つ電波を青、塵が放つ電波をオレンジで表現。

 

*注1 水分子を構成する水素のひとつが重水素に置き換わったもの。