12月15日

 

 国立極地研究所を中心とする研究グループは6日、北極圏のスバールバル諸島(ノルウェー)において海鳥が営巣している崖のすぐ下の急斜面(崖錐(がいすい))の土壌が極めて高い脱窒能(ある温度における脱窒速度)を有すること、また強力な温室効果ガスである一酸化二窒素(N2O(2は下付き数字))を放出しうることを明らかにしたと発表した。本研究の成果は、高緯度北極におけるツンドラ生態系の炭素・窒素循環の実態とその気候変動への応答を理解する上で重要な知見になるとしている。

 

 寒冷な高緯度北極のツンドラは炭素や窒素などの物質循環がとても遅い生態系であるが、海鳥が営巣する崖の下の崖錐には排せつ物などとして栄養塩に富む新鮮な有機物がもたらされ、豊かな植生が成立している。有機物には炭素と窒素が含まれており、長い時間をかけて蓄積されているが、近年の急速な温暖化によって物質循環が加速し、ツンドラ生態系が大きく変化することが懸念されている。ところが有機物が崖錐でどのように循環しているのかはよくわかっておらず、炭素・窒素循環のメカニズムとその気候変動に対する応答の解明は早急に取り組むべき重要な課題であるとされている。

 

 炭素・窒素循環のメカニズムには、海鳥自身も大きな役割を果たしていると考えられている。海鳥は餌を通じて海から陸への物質フローを作り出す。海鳥営巣地の周囲には海鳥の排せつ物や遺骸として栄養に富む新鮮な有機物がもたらされ、ツンドラ生態系において例外的に物質循環が盛んな場所が形成される。特に直上の崖に営巣地がある崖錐は窒素などの栄養塩が集積しやすい地形である。

 

 窒素循環は、有機物を分解してアンモニアを生成する「無機化」、アンモニアを硝酸に酸化する「硝化」、硝酸を分子窒素(N2 (2は下付き数字))に還元する「脱窒」など、多くのプロセスから成り立っており、その働きの多くは微生物によるものである。脱窒では中間産物として一酸化二窒素が生成される。土壌中の一酸化二窒素の生成速度が消費速度を上回り一酸化二窒素が蓄積すると、その一部が大気へと放出されて温室効果を助長することになる。

 

 これらの研究背景から、研究チームはスバールバル諸島ニーオルスン近郊で海鳥(図1)の営巣の影響を受ける2か所の崖錐を調査し崖錐土壌の実態解明に取り組むこととした。まずはニーオルスン近郊の2か所の海鳥営巣地の下の崖錐(図2)の表層土壌を採取して日本に持ち帰り、脱窒能を調査した。比較対象として崖錐付近でありながら海鳥の影響のない部分の土壌も採取した。分析の結果、海鳥営巣地の下の崖錐の土壌は、海鳥の影響のない土壌に比べて極めて高い脱窒能を示し(図3)、多くの脱窒微生物が存在していることがわかった。脱窒は水浸しの湿地など酸素に乏しい条件で起こるが、崖から落ちた石などからできた崖錐は一見水はけのよい地形に思える。しかしこの2つの崖錐を覆う土壌の母材となるコケが高い保水性を有し、土壌中に部分的に酸素に乏しい条件が発達すること、また海鳥由来の新鮮な有機物が脱窒に必要な硝酸と有機物の供給源になることが、高い脱窒能に寄与している可能性があると研究チームは考えた。

 

 また土壌の温度を変えて脱窒能を調べたところ、10℃でも高かった脱窒能が20℃ではその1.6~2.3倍に上昇したことから、今後の温暖化が崖錐の脱窒を加速させる可能性もあるとしている。

 

 さらに2か所の崖錐のうち1か所では現地において顕著な一酸化二窒素放出が観測された。これは土壌中の一酸化二窒素生成が消費を大きく上回ること、つまりその場所は窒素循環に関わる各プロセスが盛んなホットスポットであることを示している。一酸化二窒素放出が生じていた崖錐の上には、幅約40メートルの崖に約400つがいのミツユビカモメ(図1左)が営巣し、また崖錐の土壌に硝酸が蓄積していた。このことから、海鳥の営巣密度が高い場所ほど窒素循環が盛んで一酸化二窒素放出が起こりやすいことを示唆している。

 

 研究チームは今後、規模が大きな海鳥営巣地を抽出し優先的に実態調査を行い、その窒素循環ホットスポットの実態解明を進めることで高緯度北極全体の窒素循環における海鳥の働きの量的な寄与の理解に近づくことを目標に掲げている。また高緯度北極に生息または季節移動する海鳥には多くの種があり、それぞれの餌となる生物も様々である。海鳥の行動はそれ自身が経年変動を示すことに加え、温暖化などの環境変動によりかく乱を受ける。その結果、海鳥営巣地という窒素や炭素の循環ホットスポットに何が起きるのかを解明することも、将来予測の精緻化に不可欠な知見になるとしている。高緯度北極のツンドラ生態系は温暖化の影響を被るばかりでなく、自らも温暖化を加速させる可能性もあるとしている。

 

 

( C ) 国立極地研究所 

図1:調査地の崖で営巣していた海鳥。(左)ミツユビカモメ、(中)フルマカモメ、(右)ニシツノメドリ。

 

 

( C ) 国立極地研究所

図2:調査を行った崖錐(黄色の枠内)。BL、STは崖につけた名称。どちらも斜度30°以上の急斜面で、地表はコケと草本植物に覆われている。

 

 

 

( C ) 国立極地研究所

図3:海鳥営巣崖下の崖錐土壌の脱窒能。対照地の土壌と比べ、崖錐土壌の脱窒能が極めて高いことが分かる。また、図には示していないが、既往文献の値と比べても崖錐土壌の脱窒能は格段に高い値であった。培養温度10℃は現地の7月の平均日最高気温(約8℃)に近い。培養温度を20℃に上げると脱窒能は1.6~2.3倍に上昇した。