1月12日

 

 神戸大学樫村助教授を中心とする研究グループは10日、金星探査機「あかつき」による金星大気の観測結果から、金星を覆う雲のなかの巨大な筋状構造を発見したと発表した。さらに数値計算プログラム「AFES-Venus」による大規模な数値シミュレーションにより、この筋状構造のメカニズムを解き明かした。この筋状構造は、地球の温帯低気圧や移動性高気圧、ジェット気流をもたらす大気現象「傾圧不安定」と同じ機構により発生していることが判明したとしている。

 

 金星は地球の双子星と呼ばれるように、太陽系内でその大きさや重力が地球とよく似た惑星である。金星の自転は地球と比べて逆回転(自転軸に対して右回り)で非常にゆっくり(約243日で1回転)であるが、上空60km付近では自転よりもはるかに高速な約4日で金星を1周するほど(時速約360km)の東風が吹き続けており、「大気スーパーローテーション(超回転)」と呼ばれている。金星の空は高度45~70kmにわたる分厚い硫酸の雲で全体が覆われているため、地上望遠鏡や金星を周回する探査機からの観測は限られており、また気温は地表付近で460℃にも達する厳しい環境であるため、大気に突入しての観測にも大きな困難が伴う。そのため、大気スーパーローテーションをはじめとする金星の大気現象については未解明の部分が多くある。金星の気象について調べることは、この宇宙の中での地球の気象の特殊性や普遍性について理解を深めることにつながる。

 研究グループはあかつきに搭載されたIR2カメラが捉えた金星下層雲の詳細な観測データと、AFES-Venusによる高解像度シミュレーションの両者を比較し解析を行った。図1左は、IR2カメラが捉えた金星下層雲の画像である。この画像から北半球では北西から南東にかけて、南半球では南西から北東にかけて、幅数百kmの幾本もの白い筋が束になり、1万km近くにわたって斜めに延びている構造になっていることがわかる。また赤道を挟んでおよそ南北対称に位置している。このような惑星規模の巨大な筋状構造は地球で観測されたことがなく、金星に特有の現象であると考えられており、研究グループはこれを「惑星規模筋状構造」と命名した。また図1右は、AFES-Venusの高解像度シミュレーションでこの惑星規模筋状構造の再現を試みた結果であり、観測結果と良く一致していることがわかる。

 

 次にAFES-Venusのシミュレーション結果を詳しく解析することで、惑星規模筋状構造の成因を特定することとした。その結果、筋状構造形成に日本の日々の天気とも関わりの深い「寒帯ジェット気流」が鍵を握っていることが判明した。地球の中高緯度帯では、南北の大きな温度差を解消しようとする大規模な流れ(傾圧不安定)が、温帯低気圧や移動性高気圧、そして寒帯ジェット気流を形成している。シミュレーション結果から金星大気の雲層でも同様のメカニズムが働き、高緯度帯にジェット気流が形成されうることが示された。一方低緯度帯では大規模な流れの分布や惑星の自転効果を復元力とする大気波動(ロスビー波)によって、赤道から緯度60度付近にまたがる巨大な渦が生じる(図2左)。そこにジェット気流が加わることで、渦が傾き引き伸ばされ、北風と南風がぶつかる収束帯が筋状に形成される。収束帯で行き場を失った南北風は強い下降流となり、雲の薄い領域からなる惑星規模筋状構造を作り出していると考えられる(図2右)。またこのロスビー波は、雲層下部に存在する赤道をまたぐ波動(赤道ケルビン波)と結合しており、これによって南北対称性が維持されていることがわかった。

 

 

( C ) JAXA

(左)あかつきIR2カメラで観測された金星下層雲。明るい部分が雲の薄い領域を表す。黄色破線で囲った部分に惑星規模筋状構造が見られる。(右)AFES-Venusのシミュレーションで再現された惑星規模筋状構造。明るい部分が強い下降流を表す。

 

 

 

( C ) JAXA

惑星規模筋状構造の形成メカニズム。ロスビー波によって生じた巨大な渦(左)が高緯度のジェット気流によって傾き、引き伸ばされる(右)。引き伸ばされた渦の内部では、筋状の収束帯が形成され、下降流が生じ、下層雲が薄くなる。金星は西向きに自転しているため、ジェット気流も西向きに吹くことに注意。