2月6日

 

 韓国・キョンヒ大学のジョンユァン・リー氏と東京大学の相川祐理氏をはじめとする研究チームは5日、アルマ望遠鏡によって若い星であるオリオン座V883星を取り巻くガスと塵の円盤(原始惑星系円盤)を観測し、多数の有機分子を発見したと発表した。この星は、若い星でときどき起きる急増光の最中にあるため円盤内の温度が上がっていて、氷に閉じ込められた多くの有機分子がガスとして放出されたとしている。この研究成果は惑星の誕生現場である原始惑星系円盤に含まれる有機分子を探る手がかりになり、原子惑星系円盤まわりの化学進化を解明することにつながるとしている。

 

 太陽系における彗星や小惑星の観測から、太陽系には有機分子が豊富に存在することがわかっている。特に彗星は岩石と氷の集合体であり、大量の水と有機分子を含んでいる。彗星や惑星は生まれたばかりの星の周囲にある原始惑星系円盤の中で、ガスや塵が集まることによって作られる。原始惑星系円盤では、星に近い場所ほど温度が高く、遠い場所ほど温度が低くなる。外側の温度が低い領域では、さまざまな有機物と水がまじりあった氷が塵の表面に付着していると考えられており、岩石と氷でできた彗星の誕生現場といえる

 

 最近ではESAの探査機ロゼッタが、チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星に接近してその成分を明らかにした。様々な観測によって彗星や原始惑星系円盤の有機分子を調べることが、化学進化の解明に向けて根拠のある証拠となりうるため、このような彗星等の有機分子を積極的に調べることはとても有意義なこととなる。

 

 研究チームが有機分子生成の現場といえる原始惑星系円盤の研究をするべく今回観測対象に選んだのは、地球から1300光年離れたところにある若い星、オリオン座V883星。この星は若い星でときどき見られる一時的な大増光の最中である。周囲を取り巻く円盤から大量の物質が星に落下することで、急激に星が明るくなったと考えられている。こうした急増光は100年程度しか続かないため、増光段階にある星は珍しい存在である。

 

 星が急激に明るくなると、円盤の温度が上がる。円盤内で氷が昇華する温度になる場所は「スノーライン(雪線)」と呼ばれるが、円盤の温度が上がるとより外側の氷も昇華するため、このスノーラインが外側に移動することになる。オリオン座V883星がもし増光していなかった場合は、スノーラインは数天文単位(1天文単位は地球と太陽の間の平均距離で、およそ1億5000万kmに相当)の位置になる。ところが増光中は、そのスノーラインが10倍ほど外側に移動する。つまり円盤内の広い範囲にわたって、氷に閉じ込められていたさまざまな分子がガスとして放出されると想定される。

 

 研究チームがアルマ望遠鏡を使ってオリオン座V883星のまわりの円盤を観測した結果、複雑な有機分子(以下化学式の数字は全て下付数字)であるメタノール(CH3OH)、アセトアルデヒド(CH3CHO)、ギ酸メチル(CH3OCHO)、アセトニトリル(CH3CN)、アセトン(CH3COCH3)、エチレンオキシド(H2COCH2)、ギ酸(HCOOH)、メタンチオール(CH3SH)が発見された。こられの有機分子は探査機ロゼッタが調べたチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星の成分と似ていることも明らかになったため、原子惑星系円盤まわりの化学進化を解明する大きな手がかりが得られたことになる。また一般的な原始惑星系円盤に比べて、オリオン座V883星の円盤ではこれらの分子の水素に対する存在比が約1000倍以上高くなっていることがわかった。

 

 さらに研究チームは、原始惑星系円盤内のメタノールとアセトアルデヒドの空間分布も明らかにした。この2つの分子の分布はよく似ていて、半径60天文単位(太陽系の海王星軌道の2倍の大きさ)ほどのところにリング状に分布していることがわかった。これよりも星に近いところでは、分子が放つ電波が大量の塵が放つ電波に埋もれてしまうために、分子の組成を調べることができない。一方で60天文単位よりも遠い場所では、温度が低いために分子が氷に閉じ込められていて電波を放出することができない。つまり今回の観測では、スノーライン付近の氷の成分を明らかにすることができたことになる。

 

 急増光のまっただなかにある天体はそれほど多くないが、非常に若い星から少し進化した若い星まで、幅広い進化段階にわたって急増光が見られることが知られている。急増光中のさまざまな年代にある星のまわりの氷の成分を調べることで、星の進化に伴う周囲の化学組成の変化も追いかけることができると研究チームは期待している。

 

 

 

( C ) ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Lee et al.

アルマ望遠鏡で観測したオリオン座V883星の疑似カラー画像。塵の分布をオレンジ、メタノール分子の分布を青で示している。

 

 

 

( C ) 国立天文台

原始惑星系円盤の模式図。通常の状態(上)に比べ、中心の星が増光している間(下)には円盤内の温度が上がり、スノーラインがより外側に移動する。スノーラインよりずっと内側では、分子が放つ電波が塵からの電波に埋もれてしまうが、スノーライン周辺では塵の量が比較的少なくなっているために分子が放つ電波をとらえることができる。一方スノーラインより外側では、有機分子は塵粒子のまわりの氷の中に閉じ込められていて、観測することができない。