2月20日

 

 国立天文台の竹川俊也特別研究員と慶應義塾大学の岡朋治教授を中心とする研究チームは13日、天の川銀河中心核「いて座A*」の近傍に発見された特異分子雲をアルマ望遠鏡を用いて詳細に観測した結果、銀河回転とは逆回転で軌道回転運動している複数のガス流の複合体であることを発見したと発表した。さらに軌道解析の結果、その回転中心には太陽質量の約3万倍にもおよぶ中間質量ブラックホールが潜んでいると結論づけた。この成果は、天の川銀河中心を漂う中間質量ブラックホールのより強い存在証拠を得たとともに、これまで発見が困難であった暗い中間質量ブラックホールを探し出す新手法の解明につながるものだとしている。

 

 現在存在が確認されているブラックホールは、2種類ある。太陽の数倍から十数倍の質量を持つ軽いブラックホール(恒星質量ブラックホール)と、太陽の100万倍~100億倍にも及ぶ質量を持つ超大質量ブラックホール。恒星質量ブラックホールは、太陽の30倍よりも重い恒星が燃え尽きて自重を支えきれなくなり、超新星爆発を起こして最期を迎える時に形成される。一方超大質量ブラックホールは、多くの銀河の中心に核として存在することがわかっている。天の川銀河においては、太陽系から約2万5千光年離れた距離にある中心核「いて座A*」において、太陽の400万倍の質量を持つ超大質量ブラックホールが潜んでいることが知られている。

 

 超大質量ブラックホールは、ブラックホールが周りの物質を大量に飲み込んだり、他のブラックホールとの合体を繰り返したりすることで成長してきたと科学者の間では推論されている。この超大質量ブラックホールの形成過程を考える上で、超大質量ブラックホールより軽く恒星質量ブラックホールより重い、中間の質量(太陽の100倍から10万倍程度の質量)を持つ「中間質量ブラックホール」についても考える必要がある。しかし中間質量ブラックホールの存在については、これまでにいくつか報告例はあるものの、まだその存在は裏付けられておらず大きな論争を巻き起こしている。

 

 研究チームは、東アジア天文台のJCMTを用いた2016年の観測から、天の川銀河の中心核「いて座A*」から約20光年離れた位置に、小型な特異分子雲HCN–0.009–0.044を発見した。一般に分子雲は、大局的には銀河回転に従って中心核周りを運動するが、この分子雲HCN–0.009–0.044は銀河回転に逆行するような動きをしていた。不自然な方向に局所的に加速を受けたようなその運動から研究チームは、そこには暗い中間質量ブラックホールが潜んでおり、分子ガスとの重力相互作用の結果としてHCN–0.009–0.044が生じたという可能性を指摘していた。

 

 今回研究チームはHCN–0.009–0.044の詳細を探るべく、アルマ望遠鏡を用いて高解像度のサブミリ波帯スペクトル線観測を実施した(サブミリ波は波長が1mmから0.1mm)。その結果、それまで不明瞭であったHCN–0.009–0.044の詳細な構造と内部運動が明らかになった(図1)。JCMTによる発見時は、小さな一つの分子雲と考えられていたものが(図1(a))、アルマ望遠鏡により実は複数の構造から成る(図1(b))ということが判明した。視野の中心に気球のような形をした構造(バルーン)があり、向かって左側には南北に伸びる細長い構造(ストリーム)があることがわかる。これらの運動状態は、ドップラー効果による周波数の変化から求められる視線方向での速度(視線速度)から推測できる。各位置での視線速度を色で表したものが図1(c)である。この図を見ると、バルーンは北側から南側にかけて時計回りに、ストリームは南側から北側にかけてやや湾曲しながら、それぞれ連続的に速度が変化している様子がわかる。このような速度の変化パターンは、軌道回転運動をしている天体に典型的なものである。また軌道回転運動を生み出すには「引力」が必要である。すなわち、バルーンやストリームの運動は「見えない重力源」の存在を強く示唆する。

 

 さらに研究チームは、観測データに基づいてバルーンとストリームの三次元軌道を決定し、その軌道運動をつくる重力源の質量を算出することに成功した。解析の結果、バルーンとストリームは共通の重力源を中心とした2つの異なった楕円軌道上を運動しており、その重力源の質量は太陽のおよそ3万倍ということがわかった(図2)。バルーンの軌道と重力源との最小距離は0.2光年程度である。すなわち0.2光年よりもずっと小さな領域に、太陽の3万倍にも及ぶ質量が詰まっているということになる。これほどに超大な質量密度を有する天体はブラックホールと考えるのが自然なことであると、研究チームは指摘している。また同方向には明るい天体が検出されず、例えば超高密度な星団を重力源として考えるのは困難である。これらの理由から、HCN–0.009–0.044の中には太陽の3万倍の質量を持った「中間質量ブラックホール」が潜んでいると結論できるとしている。

 

 

図1 ( C ) ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Takekawa et al.
(a) JCMTで観測された特異分子雲HCN–0.009–0.044のシアン化水素(HCN)354.6 GHzスペクトル線強度図。雲の広がりに対して解像度が足りず、単一の構造に見えている。
(b) アルマ望遠鏡で観測された同スペクトル線強度図。HCN–0.009–0.044の内部構造が非常に詳細に描き出されている。
(c) 視線速度分布図。HCN–0.009–0.044の系統的な視線速度は約–50 km/s (黄緑)であり、それに対して遠ざかる速度を赤色側、近づく速度を青色側で示している。

 

 

図2 ( C ) ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Takekawa et al.
(a) 観測された視線速度分布図。ただし、解析時にノイズの影響を減らすために平滑化処理をしたデータを用いて作成した(図1(c)は平滑化処理をしていない)。
(b) バルーンとストリームの位置—速度情報を基にモデル化された視線速度分布図。観測結果(a)を非常によく再現していることがわかる。2つの楕円はそれぞれバルーンとストリームの運動軌道を示し、赤い星印はブラックホールの位置を示す。モデルの最適値として得られたブラックホールの質量は約3万太陽質量、視線速度は約–49.5 km/sである。

 

 

( C ) 国立天文台

図3 ガス雲を振り回す中間質量ブラックホールの想像図