4月3日

 

 東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構の高田主任研究者らを中心とする国際共同研究チームは1日、すばる望遠鏡の観測によって得られたアンドロメダ銀河のデータを詳しく解析した結果、約 260 万光年の距離にあるアンドロメダ銀河と天の川銀河の間に存在するダークマターが原始ブラックホールではない可能性が高いことを明らかにしたと発表した。研究チームはホーキング博士がその存在を予言した、月質量より軽い原始ブラックホール (大きさ 0.1 ミリメートル以下) による重力レンズ効果を探索して今回の発表に至った。

 

 宇宙には通常の物質の約5倍の総量のダークマターがあることが分かっている。もし通常の物質しか存在しない場合、我々が住む天の川銀河に属する星はバラバラに宇宙空間に飛び散ってしまうことになる。しかし実際には銀河を取り囲むようにダークマターが存在し、その巨大な重力によって星々はバラバラにならず銀河にとどまっていられることになる。また現在の標準的なシナリオでは、ダークマターが多く存在するところに星が形成され、またその星々が集まって銀河が形成されてきたと考えられている。しかしダークマターの正体は未だにわかっていない。ダークマターの最有力候補の一つは未発見の素粒子であるが、地下素粒子実験や欧州原子核研究機構 (CERN) の LHC などの加速器実験でも、その手かがりは得られていない。もう一つの候補が、宇宙が高温かつ高密度だった宇宙初期に形成された可能性のある「原始ブラックホール」である。原始ブラックホールの可能性については、ホーキング博士が1970年代に最初に提案した。例えば月質量 (太陽の質量の約 2700 万分の1) より軽い原始ブラックホールがダークマターである可能性は、従来の観測では否定されていない。

 

 原始ブラックホールがダークマターである可能性を探るべく、研究チームはすばる望遠鏡に搭載された超広視野主焦点カメラHSC(ハイパー・シュプリーム・カム)で観測されたアンドロメダ銀河の画像を解析した。アンドロメダ銀河は、我々の最も近傍 (距離約 260 万光年) にある、我々の天の川銀河のような巨大渦巻き銀河である。このため地球とアンドロメダ銀河のあいだの宇宙空間には、大量のダークマターがあるはずである。つまり、原始ブラックホールがダークマターであれば、沢山のブラックホールが存在することになるはずである。研究チームは光を出さないブラックホールの存在を検証するために、重力レンズ効果に着目した。原始ブラックホールがアンドロメダ銀河の星の手前を横切ったとき (原始ブラックホールとアンドロメダ銀河の星が視線方向にほぼ一直線上に並んだとき)、その星に対して原始ブラックホールは重力レンズ効果を引き起こす (図1)。つまり、空の上で原始ブラックホールがアンドロメダ銀河の星に近づくときには、その星は明るく見え、ブラックホールが遠ざかるときには暗くなるという、星の明るさが特徴的な時間変化を示すことになる。月質量程度の原始ブラックホールの場合は、天球上のアンドロメダ銀河の星とブラックホールの位置関係、あるいはブラックホールの速度に従って、星の明るさの時間変化は典型的に 10 分から数時間にかけて起こる。これは、変光星など明るさが変化する通常の星と比較して、短い時間変動である。この重力レンズ効果では、星の多重像を分解して観測できず、一つの星が明るさだけ変化するように見える現象なので、重力マイクロレンズ効果とも呼ばれる。

 

 本研究チームは、この重力マイクロレンズの現象を見つけるために、2014年の11月23日の快晴の夜に、約7時間にわたり約2分間隔で約 190 枚のアンドロメダ銀河の連続画像を HSC で取得した。その画像を詳しく解析し、明るさが変化している星を探したところ、約 15,000 個もの時間変動する星を発見することに成功した。さらに、その時間変動する星から、重力マイクロレンズ効果が予言する明るさの時間変動と一致する天体、つまり重力レンズ効果の候補天体を探した。その結果ダークマターが原始ブラックホールである場合は 1,000 個程度の重力レンズ効果を発見できるという予想に対して、たった1個しか重力マイクロレンズ候補星を見つけることができなかった(図2)。もしこれが本当の原始ブラックホールの重力マイクロレンズ効果であれば、それだけで大発見となることから、追観測が待たれる。逆に、たった1個の重力レンズ候補天体しかなかったということは、これが本当の原始ブラックホールであったとしても、原始ブラックホールの総量はダークマターの約 0.1% 程度の質量にしか寄与していないことになる。

 

 そして本研究により、ダークマターが原始ブラックホールである可能性を検証した。その結果、太陽質量の 10 億分の1 (月質量の 30 分の1程度) の軽い原始ブラックホールがダークマターであるシナリオが棄却された。その一方で今回の観測では、太陽質量の 1-10 兆分の1程度の原始ブラックホールがダークマターである可能性は棄却できないとしている。

 

 今後研究チームは、アンドロメダ銀河をHSCでさらに観測し、時間変動天体、原始ブラックホールの重力マイクロレンズ効果の探索研究を発展させる予定である。また例えば、米国のレーザー干渉計重力波天文台LIGO で観測されたブラックホールが原始ブラックホールかどうか調べようとしており、更なる成果が期待されるとしている。

 

 

 

( C ) Kavli IPMU

図1

マイクロ重力レンズの概念図。地球とアンドロメダ銀河のあいだの宇宙空間に存在するかもしれない原始ブラックホールが、アンドロメダ銀河の星の前を横切った場合、重力レンズ効果が引き起こされる。原始ブラックホールが近づくときには、背景にあるアンドロメダ銀河の星は明るくなって観測され、遠ざかるときには暗くなって観測される。つまり、その星は明るさが時間変動する天体として区別することができる。ブラックホールの大きさは観測できないので、時間変動する星の明るさのみが観測される。

 

 

 

( C ) Niikura et al.

今回の HSC によるアンドロメダ銀河のデータから見つけた、たった一つの原始ブラックホールによる重力マイクロレンズ効果の候補天体。横軸は2014年11月23日の観測開始時間からの時間 (秒単位)、縦軸は候補天体の明るさ。観測開始から約 14,000 秒 (約4時間) 後に星が徐々に明るくなり、約 17,000 秒後 (約4時間40分後)に最大の明るさになり、その後徐々に暗くなった (元の星の明るさに戻った) ことを示す。実線はこの観測結果を再現する重力マイクロレンズ効果の予想。上の画像は、候補天体の画像。左から右にかけて、候補天体の明るくなる前の画像、明るくなった後の画像、その2つの画像の差分画像 (明るさが変わらないまわりの星は消えています)。明るさの変化した星の明るさ変化のみが示されており、差分画像から明るさ変化した天体が点源 (星) であること (不正確な解析による系統誤差、間違いではないこと) を示している。