5月12日

 

 海洋研究開発機構(JAMSTEC)は10日、月を作った原因であると考えられていた巨大衝突仮説と呼ばれる現象のコンピューターシミュレーションを行った結果、月が原始地球のマグマオーシャンと呼ばれるマグマの海から作られた可能性があることを見出したと発表した。アポロ計画(月面への有人宇宙船着陸計画で1969年に初めて着陸に成功)で月から持ち帰った岩石に含まれる様々な元素の酸素同位体比測定結果は、月の成分が地球由来のものであることを示していたが、巨大衝突仮説に基づく従来のシミュレーションの結果と矛盾することが指摘されていた。今回の研究結果はアポロ計画の酸素同位体比測定結果と整合性がとれており、地球と月のみならず、他の太陽系に存在する惑星形成過程の謎を解く手がかりにもなる重要な研究成果である。また今回の研究シミュレーションは、大規模粒子計算法のためのコード開発の知見があって初めてなされた成果であり、今後は惑星科学分野のみならず、幅広い応用が防災・工学分野等においても期待されるとしている。

 

 地球と月は、46億年前に起きた2つの天体の衝突である巨大衝突という現象によって作られたと考えられてきた。この現象のシナリオはまず地球に火星サイズの天体が衝突し、衝突のエネルギーによって、地球にぶつかってきた天体の岩石が蒸発し、この蒸発した成分が地球の周りにちりがばらまかれるところから始まる。そしてこのばらまかれた岩石の蒸気(円盤)が、重力により集まり、月になったというものである。巨大衝突仮説は地球と月の様々な特徴を説明できるため、コンピューターシミュレーションにより様々な検証がなされてきた。しかしながら、アポロ計画で月から持ち帰った岩石に含まれる様々な元素の酸素同位体比(以下同位体比と呼ぶ)の測定結果は、月の成分がぶつかってきた側の天体の成分ではなく、むしろ地球由来のものであることを示唆していた。この結果は巨大衝突仮説に基づく従来のコンピューターシミュレーションの結果と矛盾しており、同位体比問題と呼ばれていた。

 

 JAMSTECを中心とする研究チームは同位体比問題を解決すべく、従来の標準的な巨大衝突仮説に基づくモデルを改良し、原始地球にマグマオーシャンがあるという仮定の下、巨大衝突のコンピュータシミュレーションを行った(図1)。マグマオーシャンとは、大昔の地球の表面を覆っていたとされるマグマの海のことを指す。液体の岩石は固体の岩石と性質が大きく異なるため、巨大衝突の結果もまた変わることが予想されていた。まず研究グループは、巨大衝突の直後に形成される月の材料となる円盤において、原始地球由来の物質がどの程度の割合になるか、またその割合がマグマオーシャンの有無によりどの程度変わるかに着目した。シミュレーションの結果、マグマオーシャンが衝突時の地球に存在している場合、主に地球のマグマオーシャンが円盤の形成に大きく寄与していることを見出した(図2)。衝突後、地球の上に存在しているマグマオーシャンからマグマがジェットの様に吹き出すとしている。この吹き出したマグマが、月の材料になる円盤になることで、原始地球由来の物質の割合が多い円盤ができあがる。一方で地球に衝突してきた側の天体は、最初の衝突からしばらくした後に再び地球に衝突し、そのまま地球と合体するとしている。

 

 図1のような計算を、様々な衝突角度及び速度で調べると、マグマオーシャンを加味することにより、月の材料となる円盤における原始地球由来の物質の割合が大きくなることが示された(図3)。この結果は、原始地球に巨大衝突が起きた際、原始地球がマグマオーシャンを持っていれば、地球と月の同位体比問題を解決可能であることを示唆している。

 

 巨大衝突仮説は現在の地球及び月を考える上で極めて重要な仮説であり、この仮説を元に地球のその後の熱進化などが考えられてきた。これに対して本研究の計算結果は、これまで考えられてきた初期地球とは違う結果をもたらすものであることを示した。これは、現在の地球がどのように形成されたかを知る上での、大きな手がかりとなる。また巨大衝突仮説は原始地球のみならず、太陽系内の他の惑星にも起きたと考えられている。このような、惑星の多様性を説明する上でも、本研究の計算結果は新たな知見を与えることが期待される。

 

 また今回のコンピューターシミュレーションは天文学で開発されたSPH法をさらに改良した本粒子法コードによって行われた。この方法は、ポスト「京」重点課題3で取り組んでいる津波遡上計算等の解析に非常に有用であり、工学的な応用にも資するコードとなっている。今後は本粒子法コードを用いた防災・工学への応用や、大規模なシミュレーションに必要なより低電力で動作する計算手法の開発などを進めて行く予定であるとしている。

 

 

( C ) JAMSTEC

図1

巨大衝突の数値計算結果。赤が原始地球のマグマオーシャン由来の成分、オレンジがマグマオーシャンの下の固体岩石由来の成分、青は衝突した天体由来の成分。グレーのものは原始地球及び衝突した天体の金属のコアの成分である。

 

 

( C ) JAMSTEC

図2

月の材料になる物質の質量及び起源の時間進化。各バーの色は図1のものと同義。

 

 

( C ) JAMSTEC

図3

様々な衝突角度及び衝突速度の計算を行い、その結果から得られた円盤の質量及び原始地球からの物質の割合を示したもの。赤はマグマオーシャンが存在する場合の計算結果で、青がマグマオーシャンの存在しない場合の計算結果。マグマオーシャンが存在する場合、できあがる円盤は70%以上が原始地球から作られることがほとんどであるが、マグマオーシャンが存在しない場合は、円盤の質量が重くなるにつれ原始地球からの物質の割合が低下する。