6月25日  

 

 東北大学、法政大学、東京大学、国立天文台などのメンバーからなる共同研究チームは20日、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラHSCによる星の観測データを用いて解析を行った結果、天の川銀河の先端までの距離が半径約52 万光年もあり、銀河系中心から太陽系までの距離(約2万6千光年) の 20 倍に達することが明らかになったと発表した。この解析結果は天の川銀河の形成過程を解明するにあたって、より正確な銀河のサイズを確定した点で重要な成果である。

 

 私たちが住む銀河系は、大きく分けて天の川にあたる銀河系円盤部とそれを取り囲むハローと呼ばれる領域から構成されている。天の川には太陽を含めた約1000億個の星が円盤状に分布していて、年齢は数10億年の比較的若い星で構成されている。一方ハローには年齢が120億年前後の古い星が約10億個、球状星団が約150個ほど存在していて、天の川の部分を囲む広大な領域に渡って分布している。つまりハローには銀河系の形成初期に生まれた星があり、銀河系が形成された当初はその大きさは現在の天の川の部分に比べて大変大きな状態であったことになる。これは銀河系が初期に多くの小銀河の合体を経て形成され、その痕跡が年齢の古い星の広がった分布として残っているからである。

 

 ここで疑問に挙がるのは、ハローがどこまで広がっているかということである。言い換えると、銀河系はその昔どのような空間領域で銀河形成が行われていたかということである。これは森の中にいて森全体の広がりを調べることと同じで、森の中にある木々(銀河系の中にある星ぼし)を隅々まで見通して決定する必要があり大変難しい作業である。この疑問を解決するには、ハロー全体に広がり、かつハローの端にあっても同定できるような明るい目印となる星を使うことが必要である。そのような星として、青色水平分枝星 (注1) やこと座RR型変光星 (注2) と呼ばれる星があり、絶対等級 (注3)が明るくてどれもほぼ一定なので銀河系の中の標準光源として使用することができる。

 

 研究グループはハローの地図作りを進めるために青色水平分枝星に着目し、HSC の戦略枠プログラム (通称 SSP: Subaru Strategic Program) で行われている広域測光サーベイのデータを解析することとした。このタイプの星を同定するにはまずHSC-SSPの観測データの中から点源である銀河系内の恒星らしいものを選び、さらにこの中から複数の測光バンド(注4) を組み合わせて、青色水平分枝星の候補天体を抽出する。この方法では、他の点源天体 (A 型スペクトルの主系列星で通称青色はぐれ星、白色矮星、クエーサー、ならびに星と見分けのつかない遠方銀河) を天体の色の情報からうまく取り除く必要があり、注意深い統計解析が必要になる。

 

 このHSC-SSP データに基づいて詳しいビッグデータの統計解析を行い、銀河系ハローにおける青色水平分枝星の大域的な分布を解明したのは、当時東北大学大学院博士課程前期在籍の福島さんである。福島さんは、HSC-SSP の測光観測で用いられる g, r, i, z バンド (注5)のデータを組み合わせた天体の色の情報から、青色水平分枝星の候補天体を確率論的に導出するプログラムを開発した。この方法では、太陽系からおよそ120万光年の距離まで星の性質を詳しく調べることができるので、今までの探査の4倍もの距離までとらえることができる。ちなみにこれまで行われてきた銀河系ハローの地図作りでは、距離にしてせいぜい32万光年くらいまでしか到達できなかったので、銀河系の端までは届かなかった。福島さんの解析で得られた青色水平分枝星の空間分布 (銀河系中心からの距離を変数とした数密度分布)は、図1に示すように銀河系中心からの距離とともに減少する傾向を示す。さらに、半径が約52万光年のところで急激に数が落ちているため、このあたりが銀河系ハローの境界になっている可能性が高いという結果になった。

 

 研究プロジェクトを統括する千葉さん(東北大学教授)は、このような銀河系ハローの分布は、銀河系初期に矮小銀河と呼ばれる小銀河が合体を繰り返し壊されながら銀河系が形成される過程を反映していると指摘している。特にその空間的な大きさは、銀河系を包むいわゆるダークマターの広がり(ダークハローとも呼ばれる領域)に匹敵しており、銀河系が矮小銀河を含む小さなダークハローの合体によって形成される過程を理解する上で大変重要な要素になる。ちなみに銀河系のすぐ傍にあるアンドロメダ銀河のハローに関する観測研究も進んでおり、今のところはアンドロメダ銀河中心から約53万8千光年の距離までアンドロメダ銀河のハロー領域が広がっていることが確認されている。アンドロメダ銀河ハローは銀河系ハローと様々な面で違っていることが多く、これは銀河系と異なる合体史を経て形成されたことを反映していると考えられている。

 

 すばる望遠鏡では、HSC-SSPの広域観測サーベイを現在も実行中で、今回の研究成果はサーベイの途中段階のデータから得られたものである。今後HSC-SSPの進行に従って、今後もっと多数の銀河系ハローの青色水平分枝星を検出することが予想される。これにより銀河系ハロー地図はさらに精密化され、銀河系の形成史に関する重要なヒントが得られるものと期待できるとしている。

 

 

 

( C ):東北大学

図1: 銀河系ハローにおける青色水平分枝星とこと座RR型変光星の数密度分布。赤い実線が今回得られた青色水平分枝星の分布で、銀河系中心から 52 万光年の場所で急激に減少している。他の色の線は先行研究の結果で、内側で数密度の減少率が外側の今回の結果と比べて急になっている傾向がある。これは、内側のハローと外側のハローでその形成機構が違うことを示唆していて、数値シミュレーションでも同様の傾向が報告されている。

 

( C ) Salaris et al. 1997, ApJ, 479, 665

図2:銀河系の球状星団 M68 の色・等級図。青色で囲んだ領域にある星が青色水平分枝星

 

*注1

青色水平分枝星とは、太陽よりも軽く年齢が古く進化が進んだ星で、その中心部でヘリウムが核融合反応を起こして輝いている。星の色・等級図 (横軸に星の色、縦軸に星の絶対等級を示した図) の中で絶対等級が星の色によらずある一定の明るさになっていて、図の中で水平に分布する様子を示すので水平分枝星と呼ばれる。

 

*注2

半日程度の周期で変光し、ハローなどの古い恒星系に存在する典型的な変光星。

 

*注3

天体の絶対的な明るさで、距離 10 パーセク (32.6 光年) に置いた時の見かけの明るさを基準とする。

 

*注4

天体の光度を測定する際の波長帯を指す。

 

*注5

HSC で用いられている測光バンドの名称で、それぞれの有効波長は 0.48 マイクロメートル、0.62 マイクロメートル、0.77 マイクロメートル、0.89 マイクロメートルである。