8月7日

 

 東京大学大学院理学系研究科の鈴木庸平准教授らの研究グループは5日、米科学掘削船「ジョイデス・レゾリューション号」で掘削された海洋地殻上部の玄武岩コア試料を電子顕微鏡によるナノスケールでの詳細な分析を行った結果、熱による水の循環が弱まった3000万年と1億年前に形成した試料から、1000万年前の試料には見つからない層状ケイ酸塩鉱物を発見したと発表した。このことは光合成由来の有機物ではなく、岩石と水の反応で放出されるエネルギーに依存する微生物が存在することを示唆している。火星においても同じような地殻構造があることがわかっているため、火星にも生物が存在している可能性があるかもしれない。

 

 地球の70%の面積を占める海洋地殻上部は、中央海嶺(大洋のほぼ中央部を長く走る海底山脈)で噴出した玄武岩から成る溶岩が、500から1000メートルの厚さで海洋底の大部分を覆っている。形成年代が1000万年程度までは海洋地殻上部は熱いため、海水が内部を循環することで岩石と水の反応が促進され、生命の生存に必要なエネルギーが供給されていることが知られている。しかし形成年代が1000万年より古い海洋地殻上部は、冷却されて熱源による水の循環が弱まるため、内部の亀裂が鉱物の形成により充填されて、海水と水の反応が起きているか、生命の生存が可能かどうかについて不明であった。形成年代が1000万年より古く冷たい海洋地殻は、海洋底全体の90%を占めており、地球上の生態系や元素循環を理解する上で重要であるが、水深が深くて堆積物で覆われているため(図1)、実態解明のための調査が進んでいなかった。

 

 他方で火星の地殻上部も同様に広大であり、37億年前の大規模な火山活動で噴出した玄武岩が存在し、最新の観測で火星にも生命活動に必要な液体の水が存在することが明らかになったことから、火星の地底に地球外生命が存在する可能性が指摘されていた。

 

 研究グループは、走査透過型電子顕微鏡を駆使して玄武岩コア中の微小鉱物を調べた結果、玄武岩の亀裂に沿って海水が浸入・反応することで、層状ケイ酸塩鉱物が形成されていることを明らかにした。なお玄武岩コア試料は、IODP第329次研究航海において米科学掘削船「ジョイデス・レゾリューション号」が、地球上で最も表層海水の基礎生産量が小さく最も透明度の高い海域として知られる南太平洋環流域において、1000万年、3000万年、1億年前に形成した海洋地上部を3箇所で掘削したものである。また先行研究により、玄武岩を覆う堆積物は光合成由来の有機物に欠乏し、海水中の酸素が玄武岩の直上付近まで浸透していることが明らかになっている。

 

 この層状ケイ酸塩鉱物の特徴から、岩石内部で生命活動に必要な鉄と酸素の反応が進行していることも判明した。この鉱物が発見されたのは、水深5697 mの海底から1億年前の海洋地殻を121.8 m掘削して得られたコア試料である。つまり地殻中の深部玄武岩は1億年に渡り生命が生存可能であることが世界で初めて明らかになった。

 

 今回の研究成果は、広大な海洋地殻上部に地球上で最大の微生物生態系が存在する可能性と、海洋地殻上部が層状ケイ酸塩鉱物の形成を介して海洋から元素を取り込む巨大な吸収源である可能性を支持する。また、火星地下深部の形成年代が古い玄武岩からも同じ層状ケイ酸塩鉱物が見つかっているため、火星の地底にも生命が存在する可能性を類推する上でも重要である。

 

 現在世界各国で火星探査が計画・実施されているが、本研究により海洋地殻上部で見つかった層状ケイ酸塩鉱物に微生物が生息しているかを今後明らかにすることで、将来の火星の生命探査において現存の生命や過去の生命活動の痕跡を発見するために有益な情報になると期待される。

 

 

 

( C ) 東京大学

図1. IODP第329次研究航海「南太平洋環流域生命探査」の掘削サイト(U1365)の水深と玄武岩コアが得られた海洋地殻上部の概要図

 

 

 

( C ) 東京大学

図2. 掘削船ジョイデス・レゾリューション号(左上)、IODP第329次研究航海で得られた玄武岩コア(上中央)、岩石の亀裂に沿って粘土(層状ケイ酸塩鉱物)が形成する反応場の概要図(上右)、および走査透過型電子顕微鏡により得られた層状ケイ酸塩鉱物の元素マッピング像(下)。層状ケイ酸塩鉱物はSi、Mg、Fe、Oが主要な層構造の間にKと水分子を保持する構造をしている。