10月2日

 

 北海道大学低温科学研究所の大場康弘助教、海洋研究開発機構の高野淑識主任研究員、九州大学大学院理学研究院の奈良岡浩教授らの研究グループは9月30日、実験室内で極低温・超高真空の宇宙空間を再現し、水と一酸化炭素、メタノール、アンモニアで構成される氷薄膜内の光化学反応によって、遺伝物質である核酸(DNA・RNA)(図1)の構成成分の一つ、核酸塩基が生成可能であることを世界で初めて確認したと発表した。地球上にある炭素質隕石の中には同様の核酸塩基が含まれることから、地球上への隕石落下によって宇宙空間で作られた核酸塩基がもたらされて、生命の誕生につながったとする仮説を支持するものとなる。

 

 星が誕生する前の宇宙空間には、水素を主成分とする多様なガスと星間塵(せいかんじん)と呼ばれる氷微粒子で構成される領域(星間分子雲)がある。星間分子雲は-263℃という極低温にもかかわらず,活発な化学反応の場であることが知られている。地球上にある宇宙の環境を調べることができる試料として隕石があるが。隕石の中でも炭素成分に特に富む炭素質隕石は、様々な隕石固有の有機化合物を含み,その中にヌクレオチド(DNA・RNAの最小単位)の構成成分の一つである核酸塩基が含まれることがわかっている。またこれまでの研究においては、紫外線や宇宙線という宇宙における普遍的なエネルギー源を用いた化学反応が世界中の多くの研究者によって検証され、たんぱく質の主成分であるアミノ酸など、生体関連分子が生成可能であることがわかっていた。近年の実験・分析技術の発展により,生命の遺伝情報を担う核酸(DNA・RNA)の構成成分2 種(糖・リン酸)の生成も確認されるようになったが、残る一つの成分である核酸塩基についてはそうした宇宙の極限環境で生成可能かどうかは光化学反応では実証されていなかった。

 

 研究グループは宇宙の極限環境で核酸塩基が光化学反応で生成可能であるかどうかを検証すべく、超高真空・極低温の星間分子雲環境を実験装置内で再現し,氷微粒子の主成分(水・メタノール・一酸化炭素・アンモニア)への紫外線照射実験を行った。そして反応生成物を装置から取り出し適切な前処理を施したのちに,高速液体クロマトグラフィー/超高分解能質量分析法を用いて、核酸塩基の検出を試みた。その結果、得られた生成物から初めて核酸塩基を検出することに成功し、核酸の構成成分すべてが生成可能であることを実証した。具体的には核酸塩基7 種のうち、グアニンを除く6 種(シトシン・ウラシル・チミン・アデニン・ヒポキサンチン・キサンチン)が生成物から検出された。また,水素と窒素の安定同位体(それぞれ2H、15N(数字は左上付数字))を用いた標識実験(*注1)でも核酸塩基生成が確認され、それらの分子が実験操作中の汚染ではなく、確かに極低温の光化学反応で生成したことが実証された。生成物の中には核酸塩基だけでなく、たんぱく質の材料となるアミノ酸も検出されており、炭素質隕石中で検出されている核酸塩基とアミノ酸量比とよく一致したことから、星間分子雲で生成される核酸塩基やアミノ酸が、炭素質隕石中のそれらの起源となった可能性が示唆される。

 

 地球上での生命の起源に関する仮説の一つとして、炭素質隕石が原始地球上に相当量の有機化合物を供給し、それらが最初の生命の材料となったという説がある。そのため炭素質隕石中の有機化合物の起源を解明することは、地球上における生命の起源を理解するうえで非常に重要である。今後さらに研究が進展することで地球外で生成した分子がどれほど地球上での生命の起源に寄与したのか、もしその寄与が大きいとすれば、具体的には隕石中有機物の供給がどのようなきっかけで生命誕生につながったのかという人類にとっての根源的な疑問への解答につながることが期待されるとしている。

 

*注1 安定同位体を用いた標識実験・・・自然界での存在度が低い安定同位体(本研究の場合,2H、15N(数字は左上付数字))を選択的に含む分子を材料として行う実験のこと。もし生成物中に安定同位体のみを含む分子が検出されれば、その分子は当該実験で生成したことを示す強い証拠となる。

 

 

 

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図1 核酸の構造