12月4日

 

 国立極地研究所の田中良昌特任准教授、西山尚典助教、門倉昭教授を中心とする研究グループは2日、地上と科学衛星の同時観測により、地球周辺の宇宙空間で生まれる電磁波が原因となって南極、北極の上空の深く、すなわち成層圏近くまで高エネルギーの電子が降り注いできていることを世界で初めて明らかにしたと発表した。高エネルギー電子は極域大気の原子や分子と衝突してオーロラを発生させたり、成層圏のオゾンの破壊を誘発すると考えられている。今回の研究成果は高エネルギー電子がどのようにして極域大気に降り込んでくるのか、その仕組みの解明を一歩進めた成果であるとしている。

 

 オーロラは、高度約100~300kmに現れる大気の発光現象であり、地球の周りの宇宙空間から磁力線に沿って大気圏に降り込んでくるエネルギー約0.1~数十キロ電子ボルト(keV(*注1))の電子が極域大気に衝突することによって発生する。さらに高い数百keV以上のエネルギーを持つ電子は、中間圏(*注2)と呼ばれる高度約50~90kmまで侵入し、窒素酸化物(NOx)や水素酸化物(HOx)などの分子を増加させる。これらの分子は中間圏のオゾンを破壊するとともに、下降流に乗ってオゾン層を含む高度約10~50kmの成層圏まで運ばれ、オゾンの破壊を誘発すると考えられている。またオゾン層は大気の熱バランスを保つ働きをしているため、高エネルギー電子の降り込みによる成層圏オゾンの減少が地球規模の気候変動に影響を与える可能性がある。

 

 またこれまでの研究により、宇宙空間で生じるいくつかの電磁波が高エネルギー電子と相互作用し、電子を散乱して極域大気に降り込ませることもわかっている。例えば、「コーラス(*注3)」と呼ばれる周波数が数kHzの電磁波は、エネルギー数十keVの電子と共鳴し、数秒周期で明滅を繰り返す「脈動オーロラ」を引き起こす。また、数Hzの周波数帯の「電磁イオンサイクロトロン波(*注4)」は、数百~数千keV前後の高エネルギー電子の降り込みの原因となる。

 

 高エネルギー電子の降り込みがいつ、どこで、どのように起こるのかを明らかにするため、国際的な連携による研究が精力的に行われているが、これまでに地上と科学衛星の同時観測によって宇宙空間の電磁波と極域中間圏の応答を直接比較した研究は、行われていなかった。

 

 本研究グループは、地球周辺の高エネルギー電子が引き起こす自然現象を調査すべく、放射線環境を調査する科学衛星「あらせ」により電磁波を、南極、北極に設置された大型大気レーダー「PANSY(*注5)」、「MAARSY(*注6)」により大気の電離を、同時に観測することとしている。様々な観測手段で同じ自然現象を捉えることで、その現象の裏づけが強く支持されるためである。観測を続けた結果、2017年3月21日に「あらせ」が宇宙空間で電磁波を観測した同時刻に、南北両極では大気レーダーが上空55~80kmからの強い反射エコーを捉えた。両レーダーとも、上空に向けて強力な電波を発射し、大気中で散乱されて戻ってきたわずかな電波(反射エコー)を検出することで、大気の動き(風)や、電子密度を観測する。本研究では、反射エコーから電子密度の増加、つまり大気層への高エネルギー電子の降り込みを検出した。

 

 また観測データを解析した結果、「あらせ」が宇宙空間で観測した電磁波と、南北両半球の大気レーダーが捉えた上空55~80kmからの強い反射エコー、つまり高エネルギー電子の降り込みが同時に発生し、良く似た時間変動をしていることを明らかにした(図1)。また同時刻には北極のアイスランドで脈動オーロラが観測された。これらの現象の高い相関は、宇宙空間で生じた電磁波が、北極でオーロラを発生させた数十keV以下のエネルギーの電子だけでなく、はるかに高いエネルギー(数百~数千keV)の電子を南北両極の上空深くまで降り込ませ、大気を電離した証拠であるとしている。

 

 これらの現象は、太陽から吹いている高速太陽風の前面が地球に到達した直後に、明け方の時間帯で発生した( 図2 )。高速太陽風の到来は、(1)地球周辺の地磁気の圧縮および、(2)オーロラ爆発をもたらす。(1)は電磁イオンサイクロトロン波を成長させ、(2)は宇宙空間夜側から熱い電子を朝側に運び、コーラスを発生させたと考えられている。これらの電磁波が宇宙空間に存在する高エネルギー電子と相互作用して、南北両極の大気に電子を落とし、上層で脈動オーロラ、下層で中間圏の大気電離を引き起こしたことが明らかになった。

 

 これまで、数百keV以上の高エネルギー電子の地球大気への降り込みは、激しいオーロラ爆発が頻発する磁気嵐と呼ばれる大規模なイベントのときに発生すると考えられてきた。しかし本研究は、高速太陽風の到来や単発のオーロラ爆発といった比較的小規模なイベントのときにも、高エネルギー電子が極域中間圏まで降り込んでいることを明らかにした。特にオーロラ爆発は、平均して1日に数回と頻繁に発生するため、地球の大気に大きなインパクトを与える可能性がある。今後小規模なオーロラ現象が、どのくらい高エネルギー電子を降り込ませ地球の気候変動に影響を与えるのか、定量的な調査が必要であるとしている。

 

*注1 エネルギーの単位でeVと表される。1電子ボルトは1個の電子が1ボルトの電位差で加速されるときのエネルギー。1keV=1000eV。

 

*注2 地球大気の層の一つで、高度約50~90kmに位置する。その下の高度約10~50kmには、オゾン層を含む成層圏がある。

 

*注3 宇宙空間に存在する電磁波の一種で、磁力線に沿った電子のらせん運動を伴う。音声に変換すると鳥のさえずりのように聞こえることから、コーラスと呼ばれる。

 

*注4 宇宙空間に存在する電磁波の一種で、磁力線に沿ったイオンのらせん運動を伴う。


*注5 昭和基地(南緯69.00°, 東経39.58°)に建設された、南極最大の大気レーダー。1045本のアンテナで構成される。上空に向けて強力な電波を発射し、大気中で散乱され戻ってきたわずかな電波(反射エコー)を検出することで、上空500kmまでの大気の風速や電子密度等を観測する。


*注6 北極のノルウェー・アンドーヤ(北緯69.30°, 東経16.04°)に設置された大型大気レーダー。433本のアンテナから成る。PANSYレーダーと同様の大気観測を行っている。


 

( C ) 国立極地研究所

図1:2017年3月21日02~07時に、あらせ衛星で観測された地球周辺の宇宙空間の電磁波と、南北極域の大型大気レーダーPANSY、MAARSYで観測された中間圏エコー。(a) ノルウェーのMAARSYレーダーで観測された高度55~85kmからの反射エコー強度。(b) あらせが観測した高周波帯(0.1~10kHz)、(c) 低周波帯(0.03~5Hz)の電磁波の強度。(d) 南極昭和基地のPANSYレーダーで観測された高度55~85kmからの反射エコー強度。(b)、(c)で、あらせが電磁イオンサイクロトロン波(2:30~4:45)、コーラス(4:45~7:00)を観測した時間帯に、(a)、(d)で、南北両半球のレーダーが中間圏エコーを観測した。

 

 

( C ) 国立極地研究所

図2:高エネルギー電子が大気へ降り込む過程のイメージ。(1) 太陽から吹く高速太陽風が地球周辺の地磁気を圧縮し、電磁イオンサイクロトロン波を成長させ、その後、(2) オーロラ爆発が発生し、宇宙空間夜側から熱い電子が朝側に運ばれ、コーラスを発生させた。これらの電磁波が宇宙空間の高エネルギー電子を磁力線に沿って極域大気に落とし、上層でオーロラを、下層で中間圏の大気電離を引き起こしたと考えられる。