12月18日

 

 東京大学宇宙線研究所の藤本征史氏 (現在はコペンハーゲン大学のドーン・フェロー)を中心とする国際研究チームは16日、アルマ望遠鏡を使った観測により、宇宙誕生後およそ10億年の時代にある銀河の周囲に半径約3万光年におよぶ巨大な炭素ガス雲があることを発見したと発表した。これまでの理論モデルでは、宇宙初期の銀河のまわりにこのように巨大な炭素ガス雲の存在は予言されていなかった。今回の発見は、従来の宇宙進化の理論モデルの再考を迫られる重要な成果だとしている。

 

 ビッグバン直後の宇宙には水素とわずかなヘリウムしか存在していなかった。一方で現在の宇宙には、地球の大気や生命の材料にもなっている、炭素や酸素などの重元素(*注1)が広く存在していることが知られている。宇宙で星が生まれると、星の内部で核融合反応がおこり、水素などから重元素が生み出されたと考えられている。しかし、このような重元素がいつどのように宇宙に広がっていったのか、まだよくわかっていない。

 

 重元素のガスには、特定の波長の光を強く放つものが多く存在する。初期宇宙で放たれた光は、宇宙膨張によるドップラー効果によって波長が引き伸ばされ、電波となって地球に届く。そこで天文学者たちは電波の観測で高い感度を誇るアルマ望遠鏡を用いて、宇宙初期に生まれた銀河に対して、重元素ガスの観測をこれまで続けてきた。その結果、宇宙が誕生して数億年後の銀河内部に、すでに炭素や酸素といった重元素が存在していたことがつきとめられている( *131億光年先の天体から酸素・炭素・塵の電波を観測を参照)。しかし従来の観測では、感度の限界のために、宇宙初期の銀河の外にどれほど重元素が広がっているのかを調べることはできていなかった。

 

 研究チームは宇宙初期の銀河外における重元素の広がりを研究すべく、電波の波長帯で最も明るく見える炭素ガスを用いて電波観測データを解析することにした。データアーカイブで公開されていたアルマ望遠鏡のデータをくまなく調べ、宇宙誕生後、約7~11億年ごろに存在する初期銀河の炭素ガスをとらえたデータを全て集めてきた。そしてこのデータをもとに、複数の銀河のデータを重ね合せる処理を行うことで、従来の約5倍に達する極めて高感度なデータを得た。このようにして従来の観測では到底とらえることのできなかった微弱な炭素ガスのシグナルを検出することに成功した。研究チームのメンバーの一人である大内正己教授(国立天文台/東京大学宇宙線研究所)は「初期銀河の周りの漆黒の空間に、半径約3万光年にわたってうっすらと広がった炭素ガス雲が見えてきました。ハッブル宇宙望遠鏡でとらえられた銀河内の星の分布と比べると、この炭素ガス雲は星の分布よりも約5倍も広がっている、巨大な構造であることがわかってきました。」とコメントしている。

 

 宇宙初期における銀河外の巨大な炭素ガス雲を検出することに成功したが、この炭素ガス雲がどのようにして形成されるのかが疑問として残る。これについて研究チームメンバーのロブ・アイビソン氏(ドイツ・欧州南天天文台科学部門長)は「星が死を迎えると、星内部で形成された炭素が、超新星爆発によって周囲にばらまかれていきます。さらに爆発時のエネルギー、銀河の中心に位置する巨大ブラックホールがもたらす高速のガス流や強力な光によって、星の周囲にとどまらず、銀河の外、やがては宇宙全体に炭素が広がっていったのだと考えられます。私たちはこのような重元素の拡散、さながら宇宙最初の環境汚染(*注2)の現場をとらえたのです。」とコメントしている。

 

 実際に研究チームは巨大な炭素ガス雲について、国内外の最新の理論モデルを用いて検証を行った。その結果、従来の理論モデルでは巨大な炭素ガス雲を生成することは難しく、超新星爆発やブラックホールのエネルギーによって多くのガス雲が宇宙空間に広がったとする新たな理論モデルを組み込む必要があることが示唆された。研究チームのメンバーであるアンドレア・フェラーラ教授 (イタリア・ピサ国立大学) は「複数のモデルと比較しましたが、いずれも観測結果が示す巨大な炭素ガス雲のような十分な広がりは再現されませんでした。宇宙初期における巨大な炭素ガス雲の発見は、これまで理論モデルで欠けていた新しい物理機構を要請する結果となりました。」とコメントしている。さらに研究チームの長峯健太郎教授(大阪大学)は「宇宙初期にできた銀河では、我々が予想していたよりもはるかに多くのガスが、超新星爆発やブラックホールのエネルギーによって、宇宙空間に吹き飛ばされていたのかもしれません。」とコメントしている。

 

 研究チームは今後、アルマ望遠鏡を含む世界各国の望遠鏡を用いた詳細観測によって、宇宙初期において巨大な炭素ガス雲が形成される物理機構の解明を目指している。

 

*注1 天文学では、水素とヘリウムよりも重たい元素を、すべてまとめて重元素と呼ぶ。

 

*注2 天文学では、重元素の拡散によってガス中の重元素比率が上昇することを、汚染と呼ぶ。

 

 

 

( C ) ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), NASA/ESA Hubble Space Telescope, Fujimoto et al.

アルマ望遠鏡で観測した18個の銀河の炭素ガスのデータを重ね合わせ(赤色で表示)、ハッブル宇宙望遠鏡による銀河の星の分布画像(青色で表示)と合成した画像。画像全体の視野は3.8秒角×3.8秒角 (128億光年かなたの宇宙における実スケールで7万光年×7万光年)に相当する。


 

( C ) 国立天文台

観測結果をもとに描いた、銀河を大きく取り囲む炭素ガスの想像図。中心部分に青白く見える星の分布に比べておよそ5倍の広さに炭素ガスが分布している。