2月5日

 

 JAMSTEC(国立研究開発法人海洋研究開発機構)海域地震火山部門火山・地球内部研究センターの小野重明グループリーダーは3日、スーパーコンピュータによる数値実験及び高温高圧実験の手法により、極限環境下でのアルゴンの状態を再現した結果、地球深部に大量のアルゴンの氷が存在しうることを明らかにしたと発表した。

 

 アルゴンは希ガスの1種であり、他の元素と反応しないという特徴を持つため、工業的な価値の観点からこれまで多くの研究が行われてきた。地球科学においても、大気中で窒素、酸素に次ぐ3番目に多く含まれている成分であり、地球深部のダイナミクスや進化を解明する上で、希ガスの成分やその同位体比は重要な鍵であると考えられている。例えば、地球深部で発生するマグマ由来で活動している火山では、その火山ガスにアルゴンを含む希ガスが含まれていて、これを分析することは極めて重要な研究である。これまでの海洋掘削試料の研究により、大気から海洋へと溶け込んでいるアルゴンは、海洋プレート中に存在する含水鉱物である角閃石に取り込まれていることが知られていた。海洋プレートは海溝から地球深部へ沈み込むため、アルゴンも地球深部へ運ばれることが予想されるが、角閃石はマントル(*注1)に相当する高圧条件下では不安定なため、より深部で安定な蛇紋石がアルゴンを取り込んでいると考えられている。ところがこの蛇紋石も上部マントル中で分解してしまうために、アルゴンをより深部へ運ぶメカニズムは謎とされていた。

 

 JAMSTECでは、アルゴンを含む揮発性成分が地球深部に相当する極限環境下においてどのような物理的および化学的な性質を有しているかを解明すべく、アルゴンの状態図を決定し、地球深部でのアルゴンの振る舞いを調べた。まずは、JAMSTECが運用するスーパーコンピュータ「DAシステム(大型計算機システム:Data Analyzerシステム)」を用いて第一原理計算(*注2)を行い、アルゴンの溶融温度を精密に決定した。その結果、圧力の上昇にともない急激に溶融温度が上昇することがわかった。この驚くべき性質により、地球深部に相当する高温高圧条件でもアルゴンは溶けることがなく、固体の状態で存在することが導かれる。なおアルゴンの氷(図1)は、温度2000度以上、圧力100万気圧以上の極限環境条でも安定して存在することができるという実験結果が得られた。さらに、高温高圧実験の結果からアルゴンの密度を計算したところ、地球マントルを構成する鉱物より軽いことが判明した。このことは、マントル深部に存在するアルゴンの氷は浮力を持つことになり、マントル上昇流を加速させる可能性があることがわかった。

 

 過去の研究では、アルゴンは角閃石や蛇紋石といったような含水鉱物に取り込まれて、地球マントルの最上部まで運ばれ、そこで含水鉱物の分解が起こり、超臨界状態(*注3)のアルゴンは放出される水と一緒に地表へ上昇するという説が有力であった。本研究で導かれた新説では、含水鉱物から放出されるアルゴンは氷の状態であり、地球深部へ沈み込む海洋プレートの中に留まるというものである。海洋プレートは地球マントルの底まで循環しているため、アルゴンも地球マントル最深部まで運ばれていることが予想される。氷のアルゴンが存在する下部マントルは全地球の体積の約55%を占めるため、地球深部に存在しているアルゴンの氷の量は極めて大きいと見積もられる。

 

 また地球深部へ運ばれたアルゴンは地球の内部を循環し、マントル上昇流に乗って地表付近まで運ばれることが予想されるが、マントル遷移層に相当する温度圧力条件で氷のアルゴンは溶融することがわかった。そのため、マントル遷移層から上部マントル、さらに地殻へ至る過程では、アルゴンは超臨界状態で移動する。中央海嶺やホットスポット(*注4)の火山活動で観測されるアルゴンガスは、この超臨界状態のアルゴンが起源だと考えられる。

 

 本研究によって希ガスの中のアルゴンについての大循環メカニズム(図2)が明らかになった。この研究成果は、ヘリウム、ネオン、キセノンと言った他の希ガスに対しても応用できるとしている。同じような性質を持つ希ガス同士でも、元素の原子量の違いによってその性質は異なってくる可能性がある。特に、本研究で鍵となった溶融温度については大きく異なることが予想され、地球深部での循環メカニズムはいくつかのパターンがあることが示唆されている。また、同じような揮発性を持つ水や二酸化炭素にも応用が可能で、人間や生物活動に大きな影響を与える水や二酸化炭素の循環メカニズムの解明にも繋がることが期待される。

 

*注1 地球マントルは、深さ410kmまでを上部マントル、深さ660kmまでを遷移層、深さ2900kmまでを下部マントルと呼ぶ。

 

*注2 電子や原子核に働く作用等、量子力学に立脚して物質の諸性質を計算する手法。膨大な計算資源量を要するが、実験ではわからないミクロな情報をもとに物性を求める手法として浸透しつつある。

 

*注3 高温高圧化で液体と気体が高密度で混ざりあった状態のことをいう。

 

*注4 プレートより深部に起源をもつマグマによる火山活動。例えばハワイやアイスランドである。

 

( C ) JAMSTEC

図1 氷アルゴンの結晶構造。地球の中心核に相当する極限条件においても安定な物質である。

 

 

( C ) JAMSTEC

図2 地球内部におけるアルゴン大循環メカニズム。深さ660kmより下には大量のアルゴンが氷の状態で存在している。