3月7日

 

 鹿児島大学の今井裕准教授、スウェーデン・チャルマース工科大学のダニエル・タフォヤ・シニア・リサーチ・エンジニアらの国際研究チームは5日、アルマ望遠鏡を用いて老齢の星W43Aを観測した結果、この星が成すジェットとその周囲の物質分布をこれまでにない精度で観測することに成功したと発表した。この観測結果はこれまでにシミュレーションされてきた連星系における物質分布と一致しており、W43Aが連星系であることを示唆している。またデータを詳しく分析した結果、ジェットが吹き出し始めたのは今からわずか60年ほど前であり、ジェットによって星の周囲のガス雲の形状が変形していることが明らかになった。これは、星が一生を終えた後の姿である「惑星状星雲」(*注1)が形作られるメカニズムを明らかにする上で重要な知見を与える成果であると同時に、その過程が60年という、およそ人間の寿命程度のタイムスケールで追跡できる現象であることを明らかにした意味で、興味深い成果である。

 

 太陽程度の質量を持つ星は、一生の最後に大きく膨らんで赤色巨星となり、その後は自身を形作るガスを噴き出して「惑星状星雲」として一生を終える。惑星状星雲には球状のものや細長くのびたものなど様々な形状が知られているが、そのもとになった星は球状であることから、多様な形状の星雲が作り出されるメカニズムは多くの天文学者の関心を引いてきた。惑星状星雲の形状は、もとになった星が単独星か連星を成すかによって異なると考えられている。単独星の場合は、年老いた星からガスがほぼ球対称に噴き出すために惑星状星雲も球対称な形状になると考えられるが、ふたつの星が互いを回りあう連星系の場合、老齢の星から噴き出したガスが、もう片方の星の重力によって影響を受け、球対称ではない複雑な形に広がることが想定される。しかし、惑星状星雲の形状の鍵となる年老いた星周辺の領域のガスは星から既に放出された物質によって隠されてしまうため、これまでは直接観測することが困難であった。

 

 国際研究チームは、これまでに電波望遠鏡を用いて終末期にある星々を数多く観測しており、一部の天体からは連星系を成すことによって放出すると考えられる水分子の特異的な電波が検出された。これらの天体を、研究チームは「宇宙の噴水」天体と呼んでいる。宇宙の噴水天体が連星系を成している可能性については次のようなシナリオの裏付けがある。まずは2つの星の片方が先に進化し、赤色巨星を経てガスを噴き出し、自身は芯だけになる。ここに、低質量の伴星からのガスが流れ込む。そのガスの一部が、終末期の星から双極方向に高速で噴き出すジェットを作る。そして赤色巨星から過去に噴き出したガスとこのジェットがぶつかることで、複雑なガスの構造が作られるとともに、この衝突現場から水分子の電波が出るといったものだ。宇宙の噴水現象の鍵となるジェットの継続時間は100年未満と考えられており、星々の寿命に対して数百万分の1以下と大変短いことが特徴である。よって実際にジェットを噴き出す段階にある星を観測できる確率は低い。1000億個以上の星が存在する天の川銀河の中でも、この段階にある連星系はこれまでの観測で15例しか発見されていなかった。短時間しか継続しないジェットは、地球からは遠くにあって非常に小さく見えるので、ジェットと周囲のガスの衝突のようすを詳しくとらえることはできていなかった。

 

 国際研究チームは、惑星状星雲形成シナリオの研究を発展させるべく、アルマ望遠鏡を用いて、「宇宙の噴水」天体のひとつであるW43Aを観測した。W43Aは、地球から見ると夏の代表的な星座であり、1等星アルタイルを持つわし座の方向に7,200光年離れた位置に存在する年老いた星である。アルマ望遠鏡による観測の結果、年老いた星から噴き出すジェットからの電波放射と、その周囲の塵の広がりをこれまでにないほど鮮明に捉えることに成功した。このデータを詳しく調べた結果、老齢の星から噴き出したジェットによって周囲の物質が掃き寄せられ始めていることがわかった。今回観測された塵はこうして集められた物質であり、ジェットによって今後さらに外側へと運ばれていくと考えられる。また、ジェットの速度がこれまで推定されていたよりもはるかに大きく、天体から放出された時には秒速175kmにも及ぶことがわかった。ジェットの長さとこの速度から逆算すると、ジェットが噴出を始めたのはわずか60年前という極めて最近のことであることが明らかになった。さらに、ジェットの中にほぼ等間隔に並ぶガスの塊も確認できた。今回の観測では連星系中の2つの星を分離して見ることはできなかったが、この様な「間欠泉」とも呼べる断続的なジェット放出もまた、W43Aが連星系をなすと考えられる重要な知見を与えている。

 

 「ジェットが非常に若いことを考えると、この天体では星周物質の分布がジェットによってまさに変形され始めた段階にあると考えられます。数十年というタイムスケールで変化する現象であれば、一人の人間が生きている間にその動きを追跡することができるのです」と、論文の筆頭著者であるダニエル・タフォヤ氏はコメントしている。また今井氏は、「このジェットにしても、その後数十年以内に形成される惑星状星雲にしても、星間空間と恒星との間の物質の輪廻の一部です。それらを通して我々は、恒星内部で合成された元素が宇宙空間に撒き散らされる過程を見ていることになります。その仕組みを解き明かすことは、私たちの宇宙における物質進化の理解がより深まることにつながります。」と今後の期待についてコメントしている。

 

*注1 中小質量星が進化の結果赤色巨星となりその最終段階で噴き出した外層が、高温の中心星からの紫外線で電離されて光って見えるもの。この名前の由来は、小さな望遠鏡を使って肉眼で観測していた頃に惑星のように見えていたことの名残であり、惑星とは何の関係もない。

 

 

 

( C ) NAOJ

年老いた星を含む連星系の進化のイメージ図。(1) A,B二つの星からなる連星系である。(2)連星系のうち質量の大きい星Aが先に進化し、赤色巨星になる。(3)星Aの進化がさらに進み、ガスを周囲に噴き出す。中心には、星Aの芯が残される。(4)星Bも膨らみ始め、星Bのガスが星Aの芯の重力にとらえられて流れ込む。そのガスの一部は星Aから両極方向にジェットとして放出される。


 

( C ) ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Tafoya et al

アルマ望遠鏡で観測した年老いた星を含む連星系W43Aの周囲のようす。中心に連星系があり、左右方向に細長い高速ジェットがのびていることがわかる(青色に着色)。ジェットのまわりには、低速なガス流も見えている(緑色)。さらにジェットのまわりには、ジェットではき寄せられた塵が広がっている(オレンジ色に着色)。