6月6日

 

 

 東北大学大学院理学研究科のチョン・スンミョン研究員と大向一行教授を中心とする研究グループは2日、国立天文台のスーパーコンピュータ「アテルイⅡ」を用いた数値シミュレーションにより、銀河中心に存在する巨大ブラックホールの形成モデルについて、水素・ヘリウムガスだけではなく、重元素を少量含んだガスが成長して星になり、その星が大きい星へ合体することで巨大ブラックホールの種となる新たな説を見出したと発表した。これまでは重元素を少量含んだガスは、効率よくエネルギーを失い激しく分裂することが予測されるため、単一の重い星を形成することは困難と考えられてきた。今回の研究成果によって、これまでに観測されてきた巨大ブラックホールの形成過程を統一的に説明できる可能性が開けたとしている。

 

 我々の住む銀河系を含むほとんどの銀河の中心には、巨大ブラックホールが存在すると考えられている。その質量は非常に大きく、太陽の100億倍にも達することもある。このような天体がいつ、どのようにして形成されたのかはいまだにわかっておらず、天文学における大きな謎の一つである。巨大ブラックホールの起源の一つとして注目されているのが、巨大ガス雲が一気に収縮して太陽の10万倍から100万倍の質量を持つ巨大な星を作る過程である。このような重い星は進化の末にブラックホールへと姿を変えて、強大な重力により周囲のガスを吸い込むことで、巨大ブラックホールに成長していくと考えられている。

 

 従来の理論では、ビッグバン直後のわずか数億年という限られた時期にのみ存在する水素とヘリウムからなる始原ガス(*注1)が、巨大ブラックホールの素となると考えられてきた。このようなガス雲が周囲で形成された他の星々や銀河から放たれる非常に強い紫外線にさらされた場合には、ガス雲は自らの重力で一気に潰れることで単一の重い星が生まれとされている。この理論は宇宙初期に稀に存在する巨大ブラックホールの起源を説明することができるが、このような特殊な環境でしか起こらない星形成だけでは、これまでに観測されているすべての巨大ブラックホールの起源を説明することはできない。宇宙初期より後の時代は、宇宙に存在するガスは超新星爆発により撒き散らされた炭素や酸素などの重元素に汚染されてしまい、宇宙初期とは異なった環境となるからである。また重元素が含まれるガスは効率よくエネルギーを失い激しく分裂することが予測されるため、単一の重い星を形成することは困難と考えられてきた。実際に重元素から単一の重い星が形成されるかどうかを確かめるにはコンピュータ・シミュレーションを行う必要があるが、これまではコンピュータ精度の問題があるために、重元素を含むガスがどのように成長していくかは謎のままであった。

 研究チームは巨大ブラックホールの形成過程を明らかにすべく、少量の重元素を含んだガス雲からの巨大ブラックホールの種となる巨大星が形成される可能性をコンピュータシミュレーションにより確かめることとした。国立天文台のスーパーコンピュータ「アテルイⅡ」を用い、大規模な数値シミュレーションを行った。アテルイⅡの性能によって、分裂するガス雲を高解像度の3次元空間で計算し、長時間の変化を観察することができるようになったのである。この計算の結果、従来の予想に反して重元素が存在する環境下においても巨大ブラックホールの素となる巨大星が形成されうることがわかった。重元素の存在によってガス雲は激しく分裂するものの、依然としてガス雲の中心への激しいガスの流れが存在するためである。さらに、分裂により小さい星は多数形成されるものの、それらの多くはガス雲の中心へ向かう激しいガスの流れに引きずられることで、中心付近に形成された重い星と衝突・合体する。このようにして重い星が効率よく成長し、太陽の1万倍という質量の巨大星が形成可能であることを発見した(図1)。「重元素を含むガス雲からこれほど大きいブラックホールの種の形成を示したのは、本研究が初めてです。この巨大星はさらに成長を続けることで、巨大ブラックホールに進化すると考えています」とチョン・スンミョン氏はコメントしている。本研究で提唱された巨大ブラックホールの形成モデルは、従来の宇宙初期に限ったモデルに比べてより一般的な環境下で実現可能である。大向氏は「我々が発見したモデルは、すでに重元素がまき散らされた宇宙初期の銀河においても巨大ブラックホールを形成することができ、従来モデルに比べてはるかに多い数のブラックホールの起源を説明することが可能です。銀河系中心のブラックホールを含む巨大ブラックホールの普遍的な起源の解明に近づいたと考えています」と今回の研究の意義を強調した。

 

*注1 宇宙の始まりであるビッグバン直後に存在する元素からなる物質の総称。水素・ヘリウムとわずかな量のリチウムから構成される。我々の身近に存在する酸素や炭素などをはじめとする多様な元素は主に星の内部で生成され、重い星が死後起こす超新星爆発などによって宇宙空間にまき散らされる。

 

 

図1 ( C ) Sunmyon Chon

ブラックホールを生み出すガス雲の密度分布のシミュレーション結果。中心付近にある黒い点は巨大星を表しており、やがてブラックホールに進化すると考えられる。白い点は小さな星を表しており、ガス雲の激しい分裂により形成された。小さな星の多くは中心の巨大星と合体し、それによって巨大星の質量は効率よく成長できる。

 

 

図2 ( C ) Sunmyon Chon

重元素を含むガス雲で形成される星の質量分布。今回は最初に星が形成されてから、およそ1万年間の進化を計算した。炭素や酸素などの重元素の存在によりガス雲が激しく分裂することで、太陽質量付近にピークを持つ分布が存在する。一方で、太陽の1万倍の質量を持つ巨大星も同時に形成される。この巨大星はさらに質量成長し、最終的に重いブラックホールに進化すると考えられる。

 

 

図3 ( C ) 国立天文台

本研究が明らかにしたブラックホールの種となる巨大星形成の想像図。