4月29日

 

 国立天文台は28日、京都女子大学の道越秀吾氏及び国立天文台の小久保英一郎氏が、スーパーコンピュータ”アテルイ”(*注1)を用いて、小惑星カリクローの周囲に存在する環の実スケール大域シミュレーションによって小惑星の環の姿を描き出すことに初めて成功したことを発表した。環の物質がカリクロー本体に比べて軽い物質からできていること、さらに環には粒子の重力によってさざ波のような構造が生じ、環の寿命が従来推定されていたよりも非常に短くなる可能性があることがわかったとしている。これらの成果は、カリクローの環の起源や進化を解明する鍵となる。

 

 太陽系小天体の中で軌道が木星と海王星の間に位置するものはケンタウルス族と呼ばれるが、小惑星カリクローは確認されているケンタウルス族の中で最大の天体。2014 年にカリクローの周囲に隙間で隔てられた 2 本の環がブラジル国立天文台などの観測によって発見された。そして環が背景の星を隠す様子を観測した結果から、カリクローの環は光の透過度が低く、すなわち多くの粒子が密に存在していると推測されていた。またカリクローの環は土星の環のように氷や岩石の粒子によって形作られていると考えられているが、この環の詳細構造や,そもそもどのように形成され進化したのかはいまだ謎が多いとされている。

 

 今回のシミュレーションにおいて道越氏らは、カリクローの環の構造と進化を明らかにするために,国立天文台のスーパーコンピュータ”アテルイ”を用いて,環を構成する粒子の運動のシミュレーションを環全体について実施。環の微細な構造を忠実に再現するために、先行研究から推定されている数メートル程度の大きさの粒子を仮定。最大で約 3 億 4500 万体の粒子を用いてこれらの粒子間の衝突と重力の効果を考慮した。


 まず第1に環が長時間安定して維持される条件を調べるために,粒子の密度や半径を変えてシミュレーションを行った。その結果環の個々の粒子の密度がカリクロー本体の密度の 50% より大きい場合には粒子の集積がおこり環が分裂することが明らかになった。(図1)。これは実際の環の粒子はカリクロー本体よりも低密度であることを意味しており、カリクロー本体と環の粒子は異なる物質組成であることを示唆する。


 

(C)道越秀吾(京都女子大学)

粒子半径は 5 メートルで,粒子とカリクローの密度が等しい場合である。縦軸、横軸はカリクロー本体の中心からの距離であり単位は km。55 時間経過後(約 2 日後)、小さな粒子の集まりが複数見られる(図 1-3).182 時間経過後(約 8 日後)、塊がさらに大きくなり、環が壊れてしまう(図 1-4)。したがってこの計算結果は、現実の環に対応していない。

 

 第2段階として、環の個々の粒子密度がカリクロー本体の密度の 50% の場合でシミュレーションを実行したところ、図 2-1 のような結果が得られた。全体として際立った構造は現れず環の概形が維持されていることがわかった。しかし環の細かな部分を見ると(図 2-2)、縞模様のような複雑な構造が現れる。これは「自己重力ウェイク構造」と呼ばれ、粒子自身の重力によって環の高密度領域で自発的にできると考えられている。また環の粒子サイズが大きいほどウェイク構造がはっきりと現れ、粒子サイズが小さい場合にはウェイク構造は小さく、粒子は滑らかに分布することがわかった。

 

 

(C)道越秀吾(京都女子大学)

粒子の密度がカリクローの密度の 50% の場合。図 2-1、図 2-2ともに182 時間経過後(約 8 日後)の状態を示している。全体として環の構造が維持されていることがわかる(図 2-1)。細かく見ると(図 2-2)斜めに引き伸ばされた構造が見られる。これは自己重力ウェイク構造とよばれる、非一様で複雑な構造である。

 

 次に研究チームは環の寿命について着目。環は時間が経過するとともに幅が広くなり拡散していく。そして自己重力ウェイク構造が存在する場合は環の広がる時間が飛躍的に早まる。研究チームは自己重力ウェイク構造を考慮した環の寿命はおよそ 1 年から 100 年程度と推定した。カリクローの環は、木星や土星などの巨大惑星に近づいたときにカリクロー本体の一部が潮汐力で破壊され、その破片で形成されたという説がある。巨大惑星との近接遭遇は今から 1000 万年程前に起こったと考えられていることと比較すると今回のシミュレーションで得られた環の寿命は極めて短く,現在の環の存在を説明することができない。研究チームは環の寿命を延ばす要因として、環の近くに衛星が存在し、衛星の重力が環の広がりを抑えている可能性を挙げている。これはカリクローには未発見の衛星が存在している可能性があることを示唆している。もうひとつの要因としては環の粒子サイズが数ミリメートルの場合は自己重力ウェイク構造が小さくなり、環は 1000 万年以上の長い期間保たれるとしている。

 

 いずれにせよこれらの結果を整合的に説明する環の形成モデルはまだ存在しない。本研究のシミュレーションを行った道越氏は「今後はシミュレーションで得られた結果を整合的に説明するための環の形成シナリオを構築していくことを計画しています。また、衛星と環の相互作用は、土星の環においても重要な現象です。今後はシミュレーションで衛星が環に及ぼす影響について調べていきたいと考えています」とコメントしている。

 

 

(C)道越秀吾,小久保英一郎,中山弘敬,国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト

今回のシミュレーションによって描き出された小惑星カリクローの二重環

 

 

*注1 「アテルイ」は、国立天文台天文シミュレーションプロジェクトが運用する天文学専用のスーパーコンピュータ(Cray XC30)のこと。理論演算性能は 1.058 ペタフロップス。岩手県奥州市の国立天文台水沢キャンパスに設置されている。