5月2日

 

 国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)の山本正浩氏及び理化学研究所の中村龍平氏らの共同グループは、4月28日、沖縄トラフの深海熱水噴出域において電気化学的な現場測定を行った結果、深海熱水噴出域の海底面で発電現象が自然発生していることを明らかにしたことを発表した。この結果は海底に電気をエネルギー源にする生態系が拡がっている可能性や、大昔の地球の深海熱水噴出孔において電気の力で生命が誕生した可能性があることを示唆し、地球外生命の探査方法も大きく変更されることが期待されている。

 

 深海熱水噴出孔から噴き出す熱水には硫化水素のように電子を放出しやすい(還元的な)物質が多く含まれている。また、この熱水には鉄や銅などの金属イオンも大量に含まれているため、海水中に放出される過程で冷却されて硫化鉱物として沈殿し、周辺に海底熱水鉱床を形成している。研究グループは、海底熱水鉱床の硫化鉱物について現場および実験室において電気化学的な解析をすることで、海底下の熱水から海底の硫化鉱物を介して海底面の海水に向かって電子の受け渡しが発生し、電流が発生していることを確認した。(図1)この発電力は、熱水噴出孔を中心に少なくとも周辺約百メートル先の鉱物表面で観察されたとしている。つまり、深海熱水噴出域が巨大な天然の燃料電池として機能していて、常に電流が発生していることになる。

 

 

図1(C)JAMSTEC

 海底下の熱水には硫化水素が大量に含まれ還元剤(電子を放出するもの)として機能する。海底鉱床の主要な成分である硫化鉱物は電極触媒および導電体として機能する。熱水中の硫化水素は硫化鉱物に電子を渡し、この電子は硫化鉱物中を流れ海底表面の海水中に含まれる酸素に渡される。

 

 今回観測対象となった深海熱水噴出域は沖縄トラフの伊平屋北ナツフィールドの槍ヶ岳マウンドと名付けられた深海熱水噴出孔である。JAMSTECの海洋調査船「なつしま」「かいよう」と無人探査機「ハイパードルフィン」を用いて、深海熱水噴出域の熱水鉱床表面の酸化還元電位(*注1)の現場計測を行った。深海熱水噴出孔には「フランジ」と呼ばれるキノコのような形の硫化鉱物の構造物が形成され、キノコの傘の下には熱水が溜まっている。この傘の上面の酸化還元電位を測定したところ約+49 mV を示し、周囲の海水の酸化還元電位(+466 ±7 mV)に比べて低い値を示した。このことは、硫化鉱物表面が電子を放出しやすい状態になっていることを示している。
 同様に、伊平屋北アキフィールドのHDSKチムニーと名付けられた熱水噴出孔の硫化鉱物表面の酸化還元電位を計測したところ、熱水噴出孔の間近で最も低く(-22 ±33 mV)、孔から数メートルずつ遠ざかるにつれ、+32 ±47 mV 、+138 ±1 mVと鉱物表面の酸化還元電位が上昇していく様子が観察された。熱水の酸化還元電位は-96 ±14 mV。このことは、熱水と海水を境界する硫化鉱物の厚みが薄いほど海水側の硫化鉱物表面の電子が放出されやすく、硫化鉱物が厚くなるにつれ電子が放出されにくくなることを示唆している。
 次にHDSKチムニーを中心に約150×150メートルのエリアの海底面の酸化還元電位を計測。HDSKチムニーおよび他の熱水噴出孔近傍では低い酸化還元電位(~+0.1 V)が観察された。加えて、熱水の放出が確認できない海域の鉱物表面でも比較的低い酸化還元電位(約+0.15~+0.30 V)をしばしば示した。硫化鉱物は、酸化還元電位が+0.30 Vより低い場合、海水中の酸素に電子を渡す反応が進行することが既に確認されていて、海底熱水鉱床の広いエリアにおいて海底下から海水中への電子の受け渡しが行われていることが示唆される。実験室において、採取した硫化鉱物試料の熱水及び海水中における電気的な挙動を解析したところ、硫化鉱物は熱水と海水の間で主に導電体として振る舞い、硫化鉱物それ自体の変質による電子移動の作用は小さいことが確かめられた。今回の結果から、活動的な海底熱水噴出孔では、海底下の熱水から海底面への海水への硫化鉱物を介した電子の伝達による電流発生が、広い範囲で自発的に生じていることが実験的に示されたとしている。

 

図2(C)JAMSTEC

深海熱水噴出孔の硫化鉱物表面の酸化還元電位を表す。 A) 槍ヶ岳マウンドのフランジ(伊平屋北ナツフィールド)、B) HDSKチムニー(伊平屋北アキフィールド)。灰色が硫化鉱物を、ピンク色が熱水を表す。

 

 今回確認された自然発生的な発電現象は、微生物生態系や生物・鉱物相互作用に大きな影響を及ぼしていると考えられる。近年電気エネルギーを吸収したり、電気エネルギーで生育できる微生物の存在を示す報告が増えており、微生物の新しい能力として注目を浴びている。深海熱水噴出域が“天然の発電所”として機能していることが明らかになったことから、海底に電気エネルギーを利用する微生物生態系が存在している可能性がある。また深海熱水噴出孔は地球上の生命の起源の最有力候補地であると研究者の間では考えられている。電気は様々な有機化学反応を促進できることから、深海熱水噴出孔での発電現象は、これまで説明しきれなかった生命誕生までの過程を説明しうるものとなるかもしれないとしている。

 

*注1 物質の電子の受け取りやすさ、あるいは放出しやすさを定量的に評価する尺度。単位はボルト(V)を用い、本文中の数値は全て標準水素電極電位を基準としている。数値が高いほど電子を受け取りやすく、低いほど電子を放出しやすい。