5月13日

 

 国立極地研究所は12日、茨城工業高等専門学校の三宅晶子准教授と国立極地研究所の片岡龍峰准教授らの研究グループが、宇宙線の長期にわたる変動を定量的に再現するモデルを開発し、2024年までの期間における、飛行機の飛行する高度(航空機高度)での宇宙線による被ばく量を予測したと発表した。

 

 現在は太陽の活動レベルが下がる傾向にあるが、太陽活動の弱い時期には宇宙線が地球に到達しやすくなり、国際宇宙ステーションや航空機高度での被ばく量が増加する。そのためこれらの場所で働く人々の健康への影響(*注1)を考慮する上で、宇宙線強度や被ばく量の今後の変化を正確に予測することが必要となる。

 

 本研究グループは、ドリフト効果をはじめ、移流、拡散、断熱冷却といった、宇宙線が地球に到達するまでの基本的な物理を考慮した宇宙線の伝播モデルを開発。このモデルを用いて1980年~2015年の宇宙線強度を再現し、測定値とよく一致していることを確認した(以下図1)。さらに、2016年~2024年の航空機高度での被ばく線量を予測したところ、この期間の太陽活動極小期前後5年間における年間被ばく量の平均値が、前回の極小期(2009年)前後5年間の平均値と比較して約19%増大するという結果が得られた。この値は航空機乗務員の健康に悪影響を与えるほどの増加量ではないが、年間被ばく線量の上限値付近まで働く人々が、今後の太陽活動の低下に注意しなければならないことを示している(以下図2)。

 

図1(C)国立極地研究所

Thuleステーション(グリーンランド北西部)における宇宙線強度(中性子カウント数)の変動。グレーの線が実測値。赤線が宇宙線伝播モデルによる再現値。

 

 

 

図2(C)国立極地研究所

高度12kmにおける宇宙線被ばく量の予測値(赤線A、B)。Aは、1980年〜2015年の太陽風の変動を正弦波関数で近似した場合の予測値。Bは、1980年〜2015年の太陽風の変動をより詳細に分析してモデル化した場合の予測値。

 

 太陽活動と宇宙線量の関係

 

 宇宙空間には太陽や、太陽系外を起源とするたくさんの放射線が飛び交っている。太陽由来の放射線が持つエネルギーは比較的低いため、地球の磁場や大気がバリアとなり、地上に住む我々にはほとんど影響がない。一方で、太陽系の外からやってくる放射線(宇宙線という)は、非常に高いエネルギーを持っており、地球の磁場や大気のバリアでも完全に防ぎきることができない。その中でも、大気によるバリアの弱い上空、すなわち国際宇宙ステーションや、飛行機の飛行する高度では、地上よりも多く被ばくする。さらに、地球の磁場のバリア効果が弱い極域では宇宙線の量が増加するため、極圏航路では低緯度の航路と比べて宇宙線が多く降り注ぐことが分かっている。

 なぜ太陽活動の弱い時期に宇宙線が地球に到達しやすくなるのか。それは、宇宙線は地球の磁場や大気だけでなく、太陽から吹き出すプラズマの風、太陽風の磁場によってもカットされているからである。つまり、地球は3重のバリアで宇宙線から守られているのである。したがって太陽の活動が弱まるとバリアも弱くなり、地球に降り注ぐ宇宙線の量が増加する。

 

 以下の図3において、太陽の活動レベルを反映する太陽の黒点数と、宇宙線の量の変化を示している。

 

 

(C)国立極地研究所

太陽黒点数(黒線)と、宇宙線が大気に衝突して生成し地上で観測される中性子数(青線)の変化。宇宙線強度(中性子カウント数)は、太陽の磁場が北向きのとき(ピンク色の年代)に四角形、南向きのとき(水色の年代)に三角形の構造を持つ。一方で、太陽黒点数の変化には四角・三角パターンは見られない。

 

図3から、以下のようなことがわかる。
・黒点数の増減から、太陽の活動レベルが11年の周期で変動していること。
・黒点数の極小期(太陽活動の極小期)には、地球に降り注ぐ宇宙線の量が増加していること。
・宇宙線の量が11年の周期で増減を繰り返すこと。さらに、急激に上昇し高い値が継続する周期と、次第に上昇してピークを示し次第に減少する周期が交互に表れること(この特徴は四角・三角パターンと呼ばれる。これは太陽の磁場の向きが11年毎に反転し、それに応じて宇宙線が地球に到達するまでの経路が変化することによって生じる。太陽の磁場が北向きのときは宇宙線強度が安定して高い値を保ち(四角パターン)、逆に南向きの時期には次第に増加し減少する(三角パターン))。
・黒点数は11年周期で増減しながらも、極大値は少しずつ減少していること。そしてこれと逆に、宇宙線の量の極大値は少しずつ増加していること。

 

 これまでの研究においては太陽黒点数の変動をベースとした経験的な手法を採用して宇宙線量を予測していたため、宇宙線の量や被ばく量の11年周期の増減は再現できても、太陽風の磁場が反転することによる四角・三角パターンまでは再現されていなかった。しかし今回の新たな宇宙伝播モデルを採用した予測手法により、図1のように正確な宇宙線量を予測できるようになったわけである。

 

 また国内外のいくつかの研究グループでは、樹木の年輪や氷床の氷に含まれる同位体元素(14Cや10Be)から過去の宇宙線強度の変動を分析する研究が行われており、太陽活動が数十年の長期にわたって極端に低下した「グランドミニマム」と呼ばれる時代が複数回あったことが明らかになっている。本研究で構築したモデルは、グランドミニマム当時の太陽風の状況を再現するための、理論的な基礎となることも期待されている。

 

*注1

航空機高度での宇宙線による被ばく量は、地上に比べて約100倍である。文部科学省放射線審議会は、航空機乗務に伴う被ばく量の管理目標値を年間5mSvに設定し、自主管理を促すガイドラインを策定している。日本の航空機乗務員の宇宙線による被ばく線量の平均は年間約2mSv程度だが、乗務員によっては、管理目標値である年間5mSvを少し下回るくらいまで被ばくする場合もある。