8月26日

 

 国立環境研究所と北海道大学、国立極地研究所の研究グループは21日、南日本広域の温帯で急速に進行している海藻藻場の分布縮小と造礁サンゴ群集(*注1)の分布拡大の全貌を明らかにし、気候変動と海流輸送、海藻を食害する魚類の影響を組み込んだ解析によって、海藻藻場からサンゴ群集への置き換わりが進行するメカニズムを世界で初めて解明したと発表した。海洋温暖化の影響に加えて、海流や食害のような外的要因が複合的に作用して生物群集の分布変化が進行していることを示したものだとしている。
 今後も温帯では海藻藻場の減少とサンゴ群集の増加が進行するという予測結果が出ており、生態系機能・サービスも大きく変化することが予想される。例えば海藻藻場は炭素貯留速度が大きいことで知られており、地球温暖化の緩和を進める上で重要な生態系機能を担っていることから、海藻藻場の減少によって地球温暖化の緩和機能が抑えられる懸念が生じる。このような様々な環境問題を解決するためには、海藻藻場やサンゴ群集の保全策を講ずる必要がある。本研究成果はこのような保全策を講ずる上で海水温の上昇だけでなく、海流に関する環境や他の生物との間の種関関係も考慮する必要があることを示した。

 

 生物群集の移動については従来、気候変動による温暖化の進行に伴い生物がより生息に適した環境を求めて移動するならば、その生物の分布は冷涼な地域へと移動すると予想されていた。しかし現在の気候の変化は速く、移動分散能力の低い生物は分布の移動が気候の変化に追いつけず、分布が縮小するとされている。造礁サンゴや海藻は沿岸生態系を構成する主要な生物群であるが、海水温の上昇によって分布が変化しつつある。例えば、九州から関東にかけての温帯では分散能力の高いサンゴの分布が拡大する一方で、分散能力の低い海藻の分布は縮小する傾向にある。(写真1)このような温帯の生態系の“熱帯化”は、近年世界各地から断片的に報告されており、その実態とメカニズムの解明が急務となっている。このような現象は、海藻を食害する魚類の温帯への進出、それらの魚類やサンゴを熱帯・亜熱帯から温帯へと連れてくる海流と関係していると考えられてきた。(図1)

海水温上昇に対する海洋生物の分布の北上は、分布北限を更新する移動分散と、分布南限における局所地域集団の絶滅の結果とみなせる。すなわち、分布北限の拡大は生物の分散能力と比例するため、海流輸送の影響が大きいと予想される。一方、分布南限の縮小は移動を伴わないため、海流との関係は弱いと予想できる。また、サンゴは海藻よりも浮遊期間が長く、食害魚類は浮遊期間が長い上に高い遊泳能力を有している。このため、海藻よりもサンゴ、サンゴよりも食害魚類がより速く分布を拡げやすいと考えられる。さらに海流が水温のより低い方向へと流れる海域では、分布拡大速度の違いはより大きくなると考えられる。以上のことを踏まえて研究グループはこれらの海流を利用した生物間の分布拡大速度の違いが、海藻藻場からサンゴ群集への置き換わりと関係があると考えた。

 

 

 

( C ) 国立環境研究所、北海道大学、国立極地研究所

写真1.温帯における本来の海藻藻場(温帯性のコンブ類とホンダワラ類が主体)から、海藻とサンゴが共存する群集を経て、熱帯化したサンゴ主体の群集へ至るまでの、各移行段階を示している。海藻藻場が消失した後にサンゴ群集に移行するケースも多い。

 

 

( C ) 国立環境研究所、北海道大学、国立極地研究所

図1.海藻やサンゴの分布変化を推定するモデルの模式図。A:造礁サンゴや海藻を食害する魚類は、黒潮や対馬暖流といった暖流に乗って分布を拡大しやすいが、海藻は海流に流される期間がごく短いためほとんど分布を拡げられないと予想される。B:温暖化に伴って、生息に適した水温の海域へ分布を移動する際の、分布北限の移動の仕方をモデルで再現した例を表している。左図は基本モデルであり、海水温の高低差に従って分布が移動すると想定したモデルであるが、実際とは異なる最短距離の移動経路を選択している。一方、右図のモデルは海流の方向と速度の両方を考慮しており、海流が速く流れる海域を通過する移動経路を選択する実際の移動をよく再現できている。

 

 そこで研究グループは、初めに国内の主要な海藻とサンゴ、食害魚類の長期的な分布変化を文献記録から検出した。日本の温帯に出現する主要な海藻(コンブ類8種、ホンダワラ類22種)と造礁サンゴ(12種)、さらに魚類による藻場食害(3種)を対象とし、439文献の記録を精査して主に1950~2010年代の分布変化を特定・網羅した。分布変化を説明するために、海水温の長期的変化と海流の流速分布を用い、海水温変動と海流の影響を同時に解析するモデルを開発した。

 

 開発したモデルによる気候変化速度と海藻、サンゴ、魚類の分布変化速度との関係を用いた推定によって海藻藻場がサンゴ群集へ置き換わる潜在的な確率は平均0.58となった(写真3A)。確率は九州や四国、紀伊半島など、実際にサンゴ群集が拡大している海域で高い値を示した。また、サンゴ群集への移行メカニズムとしては、海藻藻場内でサンゴが増加する直接的な競合(確率0.12)よりも、海藻藻場が魚の食害を受けることでサンゴが増加しやすくなる間接的な移行メカニズムが大きく上回っている(確率0.71)ことがわかった(図2B,C)。なお、海藻藻場からサンゴ群集へ置き換わる確率は将来にかけて上昇(平均0.80)すると予測されており、サンゴとの直接競合による置き換わりも増える(確率0.35)と予測されている。

 

 

( C ) 国立環境研究所、北海道大学、国立極地研究所

図2:分布変化のモデルを用いて、海藻藻場からサンゴ群集へ移行する潜在的な確率の分布を計算し(A)、その移行メカニズムの代表として、サンゴとの直接的な競合によって移行する相対確率(B)と、魚が海藻藻場を食害することでサンゴ群集へと移行する相対確率(C)を計算した。分布拡大速度の差を利用し群集の移行を判定しており、(B)や(C)を含む想定しうる全メカニズムの確率の合計が(A)という関係になる。計算は沿岸に限定しているが、50 km沖合まで値を引き延ばし、視認性を向上させている。

 

 世界全体では、海藻藻場は温帯を中心として弱い減少傾向だが、サンゴ群集は熱帯を中心として強い減少傾向にある。温帯で分布が拡大しているサンゴには熱帯で絶滅危惧種となっている種(スギノキミドリイシなど)が含まれており、それらの種にとっての温暖化影響下での避難地域が増えているという見方もできるとしている。しかし海藻藻場からサンゴ群集に置き換わると、生態系機能・生態系サービスも変化することが予想される。例えば、海藻藻場は炭素貯留速度が大きいことでも知られており、地球温暖化の緩和を進める上で重要な生態系機能を担っており、従来からの水産有用種の生活の場として機能している。一方、サンゴが作り出す複雑な物理構造は他の生物に生息場所を提供し、サンゴに伴って増加する南方系の色鮮やかな魚類はダイビングなどレジャー産業にとっても有用である。このため海藻藻場もサンゴ群集もいずれも同様に保全していく必要がある。

 しかしながら、サンゴの分布拡大さえも気候変化の速さに追いつけず、実際に海藻藻場が消失したまま依然サンゴが加入していないケースも多く見られる。すなわち、このまま対策を行わなければ、海藻藻場がサンゴ群集に置き換わるだけでなく、従来型の生態系自体が消失する海域が拡大する可能性がある。これらの将来起こりうる事態に対処するために、研究グループは次のような保全策を考案した。まず国内の温帯の多くの地域では海藻を食害する魚類は食用に利用されてこなかったが、積極的に漁獲し個体数を少なく抑えることができれば、海藻藻場の保全に大きく貢献できる。また、黒潮や対馬暖流の当たりやすい海域、離島、半島の先端付近では、海藻藻場からサンゴ群集への置き換わりがより速く進行すると考えられるので、より重点的な海藻の保全対策を講じることも効果的であると考えられる。

 研究グループは国内で起こっている海藻とサンゴの分布変化の全貌把握と変化のメカニズムの解明を目的として、海水温の上昇と海流、海藻を食害する魚類の影響に着目した解析をした。しかし海藻やサンゴの生息に影響する環境要因には海洋酸性化など、他にも重要な要因が知られている。今後はこれらの要因も考慮し、より高精度な分布変化の予測を可能にしたいと、今後の抱負を述べた。

 

*注1 体内に褐虫藻と呼ばれる微細藻類を共生させ、熱帯を中心とした浅い海に分布するイシサンゴ類の集団のことを指す。造礁サンゴ類は石灰質の骨格を作り、死んだサンゴが積み重なると、サンゴ礁と呼ばれる地形を作ることから、造礁サンゴと呼ばれる。