12月1日

 

 国立天文台の泉拓磨氏、鹿児島大学の和田桂一氏を中心とする研究チームは11月30日、アルマ望遠鏡を使ってコンパス座銀河の中心に位置する超巨大ブラックホールを観測した結果、その周囲のガスの分布と動きを詳細に明らかにすることに成功したと発表した。超巨大ブラックホールの周囲にはガスや塵のドーナツ状構造が存在することが予測されていたが、今回の観測結果とスーパーコンピュータによるシミュレーションを駆使することで、超巨大ブラックホールの周囲を回りながら落下していく分子ガス円盤と、超巨大ブラックホールのすぐ近くから巻き上げられる原子ガスの存在が浮かび上がり、これらの「ガスの流れ」が自然とドーナツ的構造を作っていることが確かめられた。

 

 多くの銀河の中心には、太陽の数十万倍から数億倍もの質量を持つ超巨大ブラックホールがあると考えられている。その中心部は、超巨大ブラックホールの重力に引かれて落下してくる物質のエネルギーをもとにして非常に明るく光っていることから「活動銀河核」と呼ばれる。またブラックホールに吸い込まれそこねた物質は、そのエネルギーを浴びて噴水のように噴き出していると考えられている。

 

 これまでの観測から活動銀河核を成す超巨大ブラックホールの周囲には、ガスと塵がドーナツ状に集まった分厚い構造があるという仮説が有力視されていた。これは中心領域が非常にはっきりと見えている活動銀河核や、よく見えない活動銀河核が存在するという観測的事実を統一的に説明するためであった。ドーナツ構造があれば、活動銀河核の光が横方向には遮られるため、地球と活動銀河核の位置関係によって見え方が異なることが説明できるからである。こうした仕組みは活動銀河核の「統一モデル」と呼ばれている。アルマ望遠鏡による過去の観測において、活動銀河核を取り巻く回転ガス構造がはっきりととらえられ たことがあり、この「統一モデル」で提唱されたドーナツ構造の実在が確かめられていた。しかしどのようにしてドーナツ構造ができるのかを説明する物理的起源は謎のままであった。

 

 鹿児島大学の和田桂一教授らは、スーパーコンピュータによるシミュレーションでこの謎を解き明かすことにした。活動銀河核からの強烈な光が周囲のガスに与える圧力、熱のやり取り、ガスの中での分子の生成と破壊、光の放出などさまざまな過程を組み込み、国立天文台が運用するスーパーコンピュータCray XC30「アテルイ」でシミュレーションを行った結果、「統一モデル」で想定されたドーナツ構造が次の3つの成分が合わさってできたものであることが示唆された(図1)。3つの成分は、(1) ブラックホールを取り巻く薄い円盤の中で、回転しながらブラックホールに落下するガス、(2) ブラックホール周辺から噴き上げられるガス、(3) (2)の一部が重力によって円盤に落下してくる成分である。つまり、ガスの流入・流出・落下が「噴水」のような流れをなし、自然にドーナツのような分厚い構造を作っていることが予測された。

 

 和田氏は、「これまでの理論モデルは、ドーナツ的な構造を先に仮定して、その形や内部構造をいろいろ変えて活動銀河核の観測結果を説明しようとするものでした。しかし、私達は物理法則に基づく数式をきちんと解けば、自然にドーナツ的構造ができ、さらにさまざまな波長の観測結果も説明できるということを初めて示したのです。」とコメントしている。

 

 次に研究チームは実際の観測でこの3つの成分が実際に存在しているかを確かめることにした。泉氏は和田氏らと一緒に、アルマ望遠鏡を使ってコンパス座銀河を観測した。コンパス座銀河は地球からおよそ1400万光年の距離にある渦巻銀河であり、もっとも地球に近い活動銀河核のひとつを有しており、詳細な観測に最適なターゲットである。コンパス座は南天の星座であり、1等星リギル・ケンタウルスの近くに存在する。研究チームが観測したのは、一酸化炭素分子が放つ電波と、炭素原子が放つ電波である。一酸化炭素は低温で高密度なガス円盤に含まれる一方、炭素原子は活動銀河核からの強烈な光によって一酸化炭素分子が壊れることで作られると予測されている。つまり炭素原子はより高温なガスに含まれるのである。研究チームはこれらを観測することで、異なる性質をもつガスの分布を詳しく調べ、さらに電波のドップラー効果を利用してそれぞれのガスの動きも捉えることとした。

 

 観測の結果、一酸化炭素分子は超巨大ブラックホール周りを整然と運動する薄い円盤構造を作っていることがわかった(シミュレーションのドーナツ構造の(1)の成分に相当する)。一方で炭素原子は活動銀河核から噴き出すような動きをしていることが明らかになった。しかしその速度は超巨大ブラックホールとガス円盤の重力を振り切るほど速いものではなかった。つまりこの吹き出たガスの少なくとも一部は、やがて重力に引かれてまたブラックホールの近くに戻ってくると考えられる。この特徴もシミュレーション結果と一致するものであり、ドーナツ構造を構成する(2)と(3)の成分と考えられる。

 

 また円盤部分の炭素原子は一酸化炭素分子よりも乱雑に運動していることがわかった。原子や分子の運動が乱雑であることは、すなわち圧力が高いことを意味しているという。今回の場合では炭素原子ガスの圧力が高く、その分ガスの厚みが大きくなっていると考えられる。ガスの運動が乱雑なのは、ドーナツ構造を構成する(3)の成分として落下してきた炭素原子ガスが円盤部分のガスと衝突してかきまぜられるためと解釈でき、(3)の成分が存在する証拠と考えられる。

 

 今後の展望として泉氏は、「今回の観測では、活動銀河核のまわりの原子ガスと分子ガスの動きと分布を詳しく調べることができました。残された重要な成分は、電離ガスです。NASAが開発中のジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡を使えば、電離ガスの性質をより詳しく調べることができます。アルマ望遠鏡とジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡を組み合わせれば、活動銀河核周辺のガスの流れを完全に理解できると考えています。世界中の研究者と協力して、そのための研究計画を練っているところです」とコメントしている。

 

 

( C ) 国立天文台

図1:超巨大ブラックホールを取り巻くガスのイメージ図。(1) ブラックホールを取り巻く円盤の中で、回転しながらブラックホールに落下するガス、(2) ブラックホール周辺から噴き上げられるガス、(3) (2)の一部が重力によって円盤に落下してくる成分、の3つが合わさることでドーナツ構造ができている。

 

 

 

Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Izumi et al.

アルマ望遠鏡で観測した、コンパス座銀河の中心部。オレンジ色で一酸化炭素の分布を、水色で炭素原子の分布を示している。