12月22日

 

 理化学研究所の井上研究員らの共同研究チームは18日、アルマ望遠鏡による活動銀河中心に存在する巨大ブラックホールの観測により、周辺に存在するコロナからの電波放射を観測することで、コロナの磁場強度の測定に初めて成功したと発表した。コロナは高温のプラズマのことをいう。従来の予測ではコロナが磁場強度によって加熱されることが予測されていたが、今回の研究成果は磁場強度による加熱の割合が低いことを示し、コロナが巨大ブラックホール中心に沈み込んでいく際に重力エネルギーが解放されることによる加熱の効果が高いことを示唆するとしている。

 

 宇宙には数千億から数兆個もの銀河が存在していると推定されているが、どの銀河の中心にも、太陽質量の100万倍から100億倍に達する「巨大ブラックホール」が存在すると考えられている。そして巨大ブラックホールには、その周辺が銀河よりもはるかに明るく輝いているものがあり、このような巨大ブラックホールを含む銀河は「活動銀河」と呼ばれている。

 

 巨大ブラックホール周辺にはコロナが存在する。太陽周辺のコロナの温度が約100万度であるのに対して、巨大ブラックホールのコロナは約10億度に達することがX線観測から知られている。太陽のコロナは磁場によって加熱されていることから、巨大ブラックホールのコロナの加熱源も磁場だと予想されていた。しかしこれまでブラックホール近くの磁場は測定されたことがなく、巨大ブラックホールのコロナの加熱機構は謎に包まれていた。

 

 共同研究チームはアルマ望遠鏡を用いて、地球から2.2億光年の距離にある活動銀河IC 4329Aと、5.8億光年の距離にある活動銀河NGC 985を観測した。さらに、電波干渉計のVLA望遠鏡とATCA望遠鏡で観測されたデータも用いて、広い電波帯域で活動銀河の電波スペクトルの取得に成功した。

 

 活動銀河IC 4329A(セイファートⅠ型銀河)の観測結果は図1の通りである。この活動銀河では中心から非常に細いプラズマ流の相対論的ジェット(巨大ブラックホールからほぼ光速で噴出する、非常に細く絞られたプラズマ流。)が放出されている。VLA望遠鏡とATCA望遠鏡による1~30ギガヘルツ(GHz、1GHzは10億ヘルツ)帯域の観測データ(図1のピンクの四角、青丸)は、相対論ジェットからの放射成分(図1灰色の点線)であると考えられる。ところがアルマ望遠鏡による90~230GHz帯域の観測データ(図1緑三角)は、このジェットでは説明できないほど明るい放射を示していた。新たに考案した電波望遠鏡の性能の違いも考慮したデータ解析手法を用いたところ、この超過成分が共同研究チームが予言していたコロナからの電波放射(図1赤破線)に対応することがわかった。また相対論的ジェット成分は、時間的にほぼ一定の明るさであることもわかったとしている。

 

 コロナが放射する電波の成分をもとに計算した結果、コロナの大きさは約40シュバルツシルト半径(*注1)であり、磁場の強度は10ガウス程度であることがわかった。今回測定された磁場強度はこれまでの理論予測(数百ガウス程度)よりもはるかに小さいものであり、巨大ブラックホールのコロナが磁場によって加熱されるとする従来の説に適用したところ、コロナはすぐに冷えてしまい、高温のコロナは存在できないことがわかった。これらの結果は今回観測した2天体に共通していることから、活動銀河中心にある巨大ブラックホールにおいて一般的にあてはまる可能性があるとしている。よってこれらの結果は、従来のコロナ加熱機構のシナリオに再考を迫るものとなった。

 

 共同研究チームはコロナの大きさや磁場の強度に関する今回の研究結果に基づくと、物質が磁場によって加熱される代わりに、物質がブラックホールに向かって落ち込むことで(移流)、物質自身の重力エネルギーが熱化されることにより、高温コロナが維持されている可能性があると指摘した。

 

 巨大ブラックホール周辺の磁場や物質分布は、活動銀河から放出される相対論的ジェット形成に重要な役割を果たすと考えられているが、その機構は未だに謎が残されている。巨大ブラックホール周辺のコロナの磁場を初めて測定し、巨大ブラックホールの周辺構造に迫った本研究成果は、相対論的ジェットの形成機構の解明につながると期待できるとしている。また今回観測された電波放射を説明するには、コロナの中に高エネルギー電子の存在が必要である。このような高エネルギー電子は、電波と同時に10万~1億電子ボルト(eV)のガンマ線(MeVガンマ線)も放射しているはずである。しかしそのようなガンマ線の観測は技術的に難しく、まだ十分には行なわれていない。今後MeVガンマ線観測が可能になれば、ブラックホール周囲に存在する高エネルギー電子やコロナに関するさらなる知見が得られると今後の期待を寄せている。

 

*注1 ブラックホールの中心から光すら脱出できなくなる領域の半径。この領域の大きさは、ブラックホールの実質的な大きさに相当する。

 

( C ) 理化学研究所

図1 活動銀河IC 4329Aの電波スペクトル

緑三角はアルマ望遠鏡(ALMA)、ピンク四角はVLA望遠鏡、青丸はATCA望遠鏡による観測結果を示す。灰色の点線は相対論的ジェットによる電波放射成分、赤破線は共同研究チームが予言したコロナからの電波放射成分、黒線は相対論的ジェットとコロナを合わせた電波放射成分を示す。アルマによる観測値はジェット成分のみによる明るさを上回っており、共同研究チームの予言したコロナからの電波放射を裏付ける。なお、本研究の解析の結果、ジェット成分は時間的にほぼ一定の明るさであることが分かった。

 

 

 

( C )理化学研究所

巨大ブラックホールを取り巻くコロナの想像図