4月17日

 

 国立天文台は10日、イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)でおとめ座銀河団の楕円銀河M87の中心に位置する巨大ブラックホールを観測した結果、巨大ブラックホールまわりで公転する明るく輝くガスに対して、真ん中に黒い穴が空いた「巨大ブラックホールシャドウ」を観測することに成功したと発表した(図1)。ブラックホールの存在は一般相対性理論によって予測され、また2016年2月には観測器であるVIRGO(ヴィルゴ)とLIGO(ライゴ)によって重力波が検出された。今回の成果はブラックホールの存在について、これらの過去の研究結果と相補的な証拠になるものだとしている。もちろん「ブラックホールシャドウ」という人間の目に見える形でブラックホールの姿が捉えられたのは世界初のことである。

 

 おとめ座銀河団の楕円銀河M87の中心に位置する巨大ブラックホールは、地球から5500万光年の距離にあり、その質量は太陽の65億倍にも及ぶ。ブラックホールは、莫大な質量を持つにもかかわらず非常にコンパクトな、宇宙でも特異な天体である。ブラックホールがあることで、その周辺の時空間がゆがみ、周囲の物質は激しく加熱される。また非常に重力が強いため、光すらも抜け出すことができない。もしブラックホールのまわりに輝くガスのような明るいものがあれば、ブラックホールは影のように暗く見えるはずであると研究者の間で予測されていた。

 

 今回の研究では、EHTによって観測されたM87の複数のデータを較正したり、新たな画像化手法を用いることによって、明るいリングの中に暗い部分が写し出された。図1で示したとおり、これこそがブラックホールシャドウである。「ブラックホールシャドウを写し出せたと確信した後、私たちはシミュレーション結果とこの画像を比較しました。シミュレーションには、ブラックホールのまわりのゆがんだ時空や超高温になったガス、磁場などさまざまな効果を取り入れています。観測で得られた画像は、理論的予測と驚くほどよく一致していました。これによって、ブラックホール質量推定や私たちが写し出した画像そのものの意味についても、確信を持つことができました。」と、東アジア天文台長であるポール・ホー氏はコメントした。

 

 EHTは、地球上の8つの電波望遠鏡を結合させた国際協力プロジェクトであり、ブラックホールの画像を撮影することを目的としている。超長基線電波干渉計(Very Long Baseline Interferometry: VLBI)という仕組みを用いており、世界中に散らばる望遠鏡を同期させ、地球の自転を利用することで、地球サイズの望遠鏡を構成している。今回EHTが観測したのは、波長1.3mmの電波である。VLBIにより、EHTは解像度20マイクロ秒角という極めて高い解像度を実現できた。これは人間の視力300万に相当し、月面に置いたゴルフボールが見えるほどの圧倒的な視力である。それぞれの望遠鏡は、ハワイやメキシコの火山、アリゾナやスペイン・シエラネバダ山脈の山々、チリのアタカマ砂漠、そして南極に設置されている。それぞれ観測条件は良い場所であるが、人間にとっては厳しい環境。今回得られた生データの合計は数ペタバイトにもなり、これらはドイツのマックスプランク電波天文学研究所とアメリカのマサチューセッツ工科大学ヘイスタック観測所に設置された専用のスーパーコンピュータで処理された。

 

 今回の研究成果について、EHTの代表を務めるシェパード・ドールマン氏(ハーバード・スミソニアン天体物理学センター)は、「私たちは、ついにブラックホールの姿を初めてとらえました。200人以上の研究者がチーム一丸となって成し遂げた偉大な科学的業績といえるでしょう」とコメントしている。

 

 一方で新たな課題も既に残されている。そもそもブラックホールの周りには降着円盤と呼ばれるガスの円盤が周回しており、そのガスがブラックホール周辺で輝くことによって電磁波が発せられ今回のブラックホールシャドウの画像撮影につながった。この降着円盤からはジェットと呼ばれるガス円盤の公転面に対して垂直なガスの流れが過去の観測によって捉えられていたが、今回の観測ではジェットの姿が写し出されなかった。

 

 国立天文台の秦氏は「今回の観測でブラックホールから飛び出すジェットが観測できなかったのは大きな驚きである」とコメントしている。今回は世界中の8つの望遠鏡を用いて仮想的な地球サイズの望遠鏡を用いて観測したために、ブラックホールシャドウ自体にもぼやけている部分があり、そもそもジェットの電磁波を捉える精度に足りていないことが原因であるとしている。望遠鏡間の望遠鏡の数を増やすことによって画像の精度を高めていくことが今後の課題として挙げられている。今回の研究成果を起点にして、今後更に精度の高いブラックホールシャドウ及びその周辺環境の姿が捉えられると、天文学的な新たな知見を得ることが可能だとしている。

 

 

 

( C ) EHT Collaboration

図1 EHTで撮影されたブラックホールシャドウの姿。ブラックホールの周りでガスが公転している。