11月20日

 

 名古屋大学の福井康雄特任教授、大阪府立大学の徳田一起客員研究員(兼・国立天文台 特任研究員)らの研究チームは14日、アルマ望遠鏡を用いて16万光年離れた大マゼラン雲(*注1)を高解像度観測し、2つの領域でひも(フィラメント)状の分子雲を詳細に描き出すことに成功したと発表した。生まれたばかりの大質量星を「かなめ」として扇形に広がる「2羽の孔雀」のようなこの構造は、分子雲同士が衝突した場合のコンピュータシミュレーション結果とよく一致していた。これらの結果から研究チームは、大小マゼラン雲が2億年前に経験した近接遭遇によって分子雲衝突と大質量星形成が引き起こされたと結論付けた。今回の研究成果は大質量の星が誕生するメカニズムの一端を解き明かす重要な鍵となるとしている。

 

 星は宇宙の水素ガスが重力の作用で収縮して生まれる。太陽程度の星の誕生は解明が比較的よく進んでいるが、太陽の20倍を超える質量を持つ大質量星の形成は、理論的にも観測的にもよく解明されていない。大質量星をつくるためには、1光年よりも小さい空間に太陽の100倍以上の質量のガスを集めることが必要になるが、その仕組みの理解が特に進んでいなかった。また大質量星は星全体の0.1%以下と極端に数が少なく観測が難しいことが、研究が進まなかった要因の1つとして挙げられる。

 

 我々が住む銀河系の中に存在している大質量星の形成現場は近くて観測しやすいが、奥行き方向に複数の天体が重なって見えるために個々の天体の分離が難しいなど、多くの観測的困難が伴う。その一方銀河系の隣にある大マゼラン雲は、銀河系内の大質量星形成領域より距離が10倍遠いものの、全体を見通しよく観測できるという意味で絶好の観測対象となる。

 

 そこで研究チームは大質量星形成の謎に迫るべく、アルマ望遠鏡によって大マゼラン雲を観測することとした。大マゼラン雲の中でも大マゼラン雲の東にある活発な星形成領域「かじき座30(毒蜘蛛星雲)」に近い星雲N159領域について観測が行われた。N159は、名古屋大学「なんてん」望遠鏡の観測によって大マゼラン雲でも最も高密度にガスが集中する領域として注目されており、名古屋大学が日米欧の国際共同研究チームを率いてアルマによる観測を主導してきた。本観測は2017年度に実施され、図1(左)に示すN159E領域の分子雲の詳細な分布が明らかになった。これまでは全く分解されていなかった多数のフィラメント構造が、先端の大質量星(20 ~ 40太陽質量程度)を「かなめ」として扇のように広がっていることがわかる。図1(右)は、その西にあるN159W-Southと呼ばれる領域であり、同様に「かなめ」に位置する若い大質量星(30太陽質量程度)からフィラメント状の分子雲が数本絡まるように伸びている。アルマ望遠鏡の解像度が0.2光年であるのに対して、フィラメントは長さ3光年、幅0.3光年程度であり、領域全体で総数計100本に近い数が発見された。フィラメント形状は孔雀の広げた羽のようにも見えるため、研究チームは両分子雲を「2羽の孔雀 (Two peacocks in the Large Magellanic Cloud)」と命名した。

 

 今回の観測結果で得られた特徴は、本観測の研究チームの一人である名古屋大学の井上剛志准教授、福井特任教授らの理論計算によるシミュレーションで観測前に同様な構造が予想されていた。シミュレーションでは、広がった星間雲に丸い小型の星間雲が衝突してつくられる構造となっている。時間とともに小分子雲が突入し、くぼみをつくりながら周りに傘状のフィラメントを多数作る。衝突でひき伸ばされた磁場がフィラメント形成に重要な役割を果たしている。フィラメントは小分子雲を「かなめ」とする扇状になり、圧縮でできた密度の高いガス塊が扇の「かなめ」に分布する。これらの特徴はアルマ望遠鏡による観測と一致しており、大質量星の形成過程のモデルとなりうる。このシミュレーション結果から、実際には星間雲同士が衝突後、ほどなくして分子雲フィラメントが形成され、その中で大質量星が約1 ~ 10万年前に誕生したと推測されるとしている。

 

 研究チームはさらに、二羽の「孔雀」が全く同じ向きを向いている点に着目した。互いに150光年以上離れた天体がこのように整列することは偶然とは考えにくく、2億年前に大マゼラン雲とその隣にある小マゼラン雲が近接遭遇を引き起こしたことに整列の原因があると考えた。2017年、福井特任教授らはこの近接遭遇の際、重力の強い大マゼラン雲が小マゼラン雲のガスを引き出し、このガスが両銀河の間を運動して、大マゼラン雲に衝突すると推論した。このように銀河全体をゆすぶる落下運動は、理論計算によって大マゼラン雲の北側からの大規模な落下になると予想され、「2羽の孔雀」の整列をよく説明する。

 

 以上の成果は、ガス雲同士の衝突によって、大質量星が扇状フィラメントの「かなめ」で形成され、その中で複数の大質量星が一気に誕生していることを示した成果である。また銀河間の相互作用が、数億年規模で爆発的星形成現象(スターバースト)を引き起こすことも示唆している。福井特任教授は「大質量星形成と、銀河相互作用の役割をこのアルマ望遠鏡の観測で初めて結びつけることができました。今後、相互作用銀河の観測研究はさらに発展し、宇宙における大質量星団の形成機構の解明につなげることができると期待しています。」とコメントしている。

 

*注1 大マゼラン雲は小マゼラン雲とともに南半球の空に見える。両銀河は連銀河を成している。

 

 

( C ) ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)/Fukui et al./Tokuda et al./NASA-ESA Hubble Space Telescope

図1:アルマ望遠鏡で撮影されたふたつの分子雲、N159E-パピヨン星雲領域(左)とN159W-South領域(右)の疑似カラー合成図。赤色と緑色がそれぞれ、アルマ望遠鏡によって得られた速度の異なる一酸化炭素の同位体分子13COからの電波を表している。左図の青色はハッブル宇宙望遠鏡により観測された水素電離ガスの分布を示し、右図の青色はアルマ望遠鏡により得られた波長1.3 mm帯の濃いガスに含まれる塵からの電波を示す。2領域とも、フィラメントが集合している「かなめ」(図で青色に示している部分)の位置に大質量星が存在している。アルマ望遠鏡の高い解像度によってフィラメント状構造が明瞭に写し出されている。