4月18日

 

 京都産業大学神山天文台と国立天文台ハワイ観測所の研究者からなる研究チームは13日、2018年にすばる望遠鏡の高分散分光器 (HDS) を用いて観測したジャコビニ・ツィナー彗星の観測データを解析した結果、水に対する二酸化炭素の存在量比が他の彗星と比べて小さいことが明らかになったと発表した。これは、ジャコビニ・ツィナー彗星が他の彗星に比べて暖かい領域で形成された可能性が高いことを示唆している。また過去に行われたすばる望遠鏡の中間赤外線観測の解析において、同彗星に高温環境で作られやすい複雑な有機物が豊富に含まれるということが明らかになったが、この結果とも矛盾しない。今回の研究成果は、彗星が誕生する環境を知る上で新たな知見を与える重要な成果である。

 

 彗星 (太陽系の氷小天体)は、太陽系が誕生した 46 億年前に、生まれたての太陽の周囲に存在したガスとダスト (塵粒) を含む円盤状の雲(原始太陽系円盤)の中で誕生したと考えられている。特にこのガス・ダスト円盤の中でも、彗星氷の主成分である水 (H2O) が凍るような低温度になっている場所 (宇宙空間のような真空ではおよそマイナス 120 度以下)で、彗星は誕生した。そのため、多くの彗星は似たような氷の組成比をもっている(*注1)。

 しかし今回の観測対象となったジャコビニ・ツィナー彗星 (図1) と呼ばれる彗星は、変わり者として知られていた。ジャコビニ・ツィナー彗星は100年前に発見された周期が6.6 年の天体であり、「10月りゅう座流星群」の流星のもとになっている小石程度のダストを放出している。またこの彗星は、複雑な有機物を他の彗星に比べて豊富に含んでいることが、過去のすばる望遠鏡による観測で明らかになっている。なぜジャコビニ・ツィナー彗星は他の彗星と違って、比較的温暖な環境でたくさん作られると考えられる複雑な有機物を豊富に持っているのか、そしてそもそもジャコビニ・ツィナー彗星が、暖かい環境で誕生したのかについては未解明の問題である。

 

 今回研究チームはジャコビニ・ツィナー彗星の誕生の謎を探るべく、すばる望遠鏡に搭載された高分散分光器 HDS を用いて、この彗星の観測を行った。研究チームは彗星核に含まれる分子において、H2O に次いで豊富に含まれる二酸化炭素 (CO2) が H2O よりもずっと低温度で昇華して失われてしまう (CO2の宇宙空間での昇華温度は約マイナス 200 度である) ことに注目し、CO2:H2O の成分比を観測から明らかにすれば、ジャコビニ・ツィナー彗星の氷ができた環境が暖かかったかどうかを明らかにできるのではないかと考えた。

 

 しかしCO2 は地球の大気にも大量に含まれているため、彗星が発するCO2の光が大気に吸収されることで観測がうまくいかない問題が発生した。この問題を解決するために、研究チームは H2OやCO2 が太陽紫外線で壊れてできる特殊な酸素原子に着目した (図2)。この酸素原子は通常よりも高いエネルギー状態に励起されており、光を出すことで安定な低いエネルギー状態へと遷移する。このときに出す緑や赤の光は「酸素禁制線」と呼ばれる。この光は地球のオーロラ発光で見られる緑や赤の光に近い。彗星のコマ(放出されたガスやダストが彗星核を取り巻く領域) では、H2O から壊れてできた酸素原子は赤の禁制線を出しやすく、逆に CO2 から壊れてできた酸素原子は緑と赤の禁制線を同程度に放出するという特徴がある。そのため、酸素禁制線の緑と赤の光の強さを比べれば、CO2:H2O の比率を調べることができる。酸素禁制線は地球大気でも発光しているため、彗星の移動速度によるわずかな波長のずれ(ドップラー効果)を検出する必要があるが、HDS の高波長分解能(光を細かく色分けする能力)によってそれを成し遂げることができる。

 

 研究チームが行ったジャコビニ・ツィナー彗星の観測データを観測した結果、この彗星がこれまでに観測された彗星の中でも、特に CO2 の存在量比が小さい彗星であることが判明した。通常の彗星は H2O に対して数%~30%程度であるが、ジャコビニ・ツィナー彗星は1%ほどしか CO2 を含んでいなかった。このことは、同彗星の過去の観測で得られていた一酸化炭素 (CO) の成分比が低めであることとも整合性がとれている。なぜなら、 CO は CO2 よりもさらに低い温度で蒸発して失われてしまうからである。今回の観測結果だけでは具体的な温度を正確には明らかにすることができないが、今回得られた少ない CO2 の存在量比と CO2 の真空中での昇華温度から、ジャコビニ・ツィナー彗星ができた場所の温度は、およそマイナス 200 度~マイナス 120 度であるとしている。

 

 研究チームは今回の解析結果から、ジャコビニ・ツィナー彗星が生まれた場所が、太陽系が誕生した際に木星や土星といった大きな惑星ができる際に付随していた「周惑星系円盤」という小さなガス・ダスト円盤であると推定した。周惑星系円盤は、太陽から同じ距離の原始惑星系円盤中のガスやダストよりも暖められていたため、そこで誕生した彗星は、ジャコビニ・ツィナー彗星のように CO2 が少なく複雑な有機物が豊富な彗星になったとしている。

 

 研究チームの一人である新中善晴氏(京都産業大学神山天文台)は「今回の研究で、昔からおかしな彗星として知られていたジャコビニ・ツィナー彗星の謎を一つ明らかにすることができました。今後は、さらに同彗星の研究を続けるとともに、同じような特徴を持った変わり者の彗星を新たに見つけだすことで、太陽系初期における彗星の形成環境を明らかにしていきたいです」と、今回の研究成果の意義と今後の展望についてコメントしている。

 

*注1 これまでに知られている多くの彗星には、水 (H2O) が 100 に対して、一酸化炭素 (CO) と二酸化炭素 (CO2) が 10~20 程度、他の分子や複雑な有機物などが1~5以下の比率で含まれている。

 

 

( C ) Michael Jaeger 氏

2018年8月22日にアマチュア天文家 Michael Jaeger 氏によって撮影されたジャコビニ・ツィナー彗星。

 

 

( C ) 京都産業大学

彗星コマ中での酸素の禁制線の発光メカニズム。水分子 (H2O) から作られた酸素原子は赤の禁制線を出しやすく、二酸化炭素 (CO2) から作られた酸素原子は緑と赤の禁制線を同程度放出するため、赤と緑の酸素禁制線の強度比から彗星コマ中の CO2:H2O の比率を推定できる。