11月23日

 

 国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)は14日、JAXAを含む国際研究チームが、X線天文衛星ASTRO-H(ひとみ)搭載の軟X線分光検出器(SXS)による観測結果から、ペルセウス座銀河団中心部の鉄属元素の組成比が太陽のものと同じであることを明らかにしたと発表した。従来、銀河団の高温ガスの元素組成比は太陽の値とは異なると考えられていた経緯があり、この考えを否定する結果となった。本研究成果から、太陽の元素組成が現在の宇宙の平均的な化学組成であることが示唆されるとしている。

 銀河団は数千万度の高温ガスや数百以上の銀河が重力に束縛されていて、この高温ガスは、宇宙誕生から現在までに恒星や超新星爆発で合成された元素をため込んでいる。今回の観測対象となったペルセウス座銀河団は、太陽系から約2億4千万光年遠方にあり、近くの銀河団としては最大級で、X線で最も明るい銀河団。その高温ガスの温度は約5000万度に達する。

 銀河団の高温ガスの化学組成を調べると、現在の宇宙の平均的な化学組成がわかる。この化学組成に重要な影響を与える超新星爆発にはさまざまなタイプがある。Ia(イチエー)型超新星爆発と呼ばれるタイプが全体の1~4割を占めると考えられている。Ia型超新星爆発は鉄属元素(クロム、マンガン、鉄、ニッケル)の主要な生成源であり、白色矮星(表面温度が高いが、星の半径は小さく、質量密度が高い。)の爆発的核融合を起こす現象を指している。銀河団中心部の鉄属元素を調べることが、Ia型超新星が爆発するときの特性や爆発メカニズムを明らかにする手がかりになる。

 図1に示すように、ASTRO-H搭載の軟X線分光検出器で取得されたX線スペクトルは、エネルギー決定精度(スペクトルの分解能)が向上した。その結果、これまでの検出器では分解できなかった、鉄とニッケルの特性X線を分離し、さらに微弱なクロムやマンガンの特性X線を検出した。この精密X線分光により鉄属の元素量を初めて正確に測定することに成功した。そして図2に示すように、銀河団中心部の高温ガスに含まれるケイ素、硫黄、アルゴン、カルシウム、クロム、マンガン、鉄、ニッケルの元素の比がすべて太陽と同じであることがわかった。したがって太陽の元素組成は、現在の宇宙で平均的な組成であることが示唆される。

 

 

図1 (C)JAXA / NASA / Ken Crawford (Rancho Del Sol Observatory)

ペルセウス座銀河団の可視、X線合成画像と、ASTRO-Hにより得られたペルセウス座銀河団中心部のX線スペクトル。青は観測領域、黄色はASTRO-H以前に得られていたX線スペクトル。

 

図2 (C) JAXA

ASTRO-Hにより観測されたペルセウス座銀河団中心部の銀河団ガスの元素組成比 (赤丸)。青のデータは、これまでのX線天文衛星に搭載されていたCCD検出器による結果。緑の星印は可視光観測による楕円銀河に所属する星の元素量

 

 太陽は渦巻銀河である天の川銀河に位置する。その一方、銀河団中心部では楕円銀河やS0銀河が主要メンバーである。今回の解析から太陽の鉄属の組成比が銀河団中心部のそれと一致していることがわかったため、鉄属元素の主要な生成源であるIa型超新星爆発の性質は、母銀河の性質(渦巻銀河か楕円銀河、S0銀河か)に依存しなさそうであると言える。

 また本研究結果は、Ia型超新星の爆発メカニズムについて、爆発の原因となる天体の質量について新たな知見をもたらした。Ia型超新星爆発の原因となる天体は白色矮星である。白色矮星は太陽質量の約6倍より軽い恒星の進化の最終段階の天体であり、白色矮星の質量は太陽質量の約0.17倍から1.33倍と見積もられている。白色矮星が、連星の相手の恒星からの物質の輸送で質量が増加したり、白色矮星同士の合体が起こったりすると爆発に至る場合があると考えられている。そして、白色矮星がどの程度の質量に達してIa型超新星爆発を起こすかによって、マンガンやニッケルと鉄の組成比が変わることが予想されている。太陽質量の約1.4倍の質量で爆発すると、マンガンやニッケルと鉄の比は太陽組成比と同程度か若干高くなるが、太陽よりもより軽い質量で爆発すると、マンガンやニッケルと鉄の比は太陽組成比よりも低くなる。今回、ペルセウス座銀河団中心部で得られた鉄属の組成比は太陽と同じだったことから、図3のようにこの組成比を再現するためには、太陽質量の約1.4倍の質量で爆発するタイプと、もっと軽い質量で爆発するタイプがともに必要であることがわかったとしている。

 

 

図3 (C) JAXA

ASTRO-Hの観測から求められた鉄族元素の組成比(黒丸)。青、赤、緑、灰色の 色の範囲は、Ia型超新星と重力崩壊型超新星の組み合わせを考えた場合の組成比。限界質量MCh (Chは下添え字)はチャンドラセカール限界と呼ばれる存在可能な質量の上限値(太陽質量の1.4倍)を表す。白色矮星がこの限界質量に達すると暴走的な核融合反応を始め、マンガンやニッケルの原子数が増える。

 

 ASTRO-Hは打上げ後約一ヶ月で不具合が発生し、衛星の機能を喪失した。現在JAXAは国内外の大学・研究機関との協力の下でX線天文衛星代替機の計画を進めている。今後、軟X線分光検出器を搭載したX線天文衛星が実現すれば、元素の生成現場である超新星爆発の残骸や、銀河間空間に流れ出す元素、銀河団ガスに含まれる元素まで元素量を測定し、宇宙の化学進化史や物質循環の歴史を解明することができると今後の抱負を述べた。