3月31日

 

 国立研究開発法人海洋研究開発機構(以下JAMSTEC)の安中さやか研究員らを中心とする国際共同研究チームは22日、北極海全体における1年あたりの二酸化炭素吸収量が、海洋全体の二酸化炭素吸収量の10%にあたる180±130 TgC(1 TgCは炭素換算で1012グラム = 100万トン)であることを明らかにしたと発表した。これは衛星や船を利用した観測データを用いて、北緯60 度以北の海域における1997年1 月から2014 年12月までの18 年間の大気海洋間二酸化炭素交換量の分布図を作成し、北極海とその周辺海域における二酸化炭素吸収量を解析した結果であり、北極海(面積は全海洋の3%)が重要な吸収域であることを意味するとしている。また大気海洋間の二酸化炭素交換量の時間的、空間的変化が大きいことも判明した。

 

 北極海及びその周辺海域は、海水温が低いことや植物プランクトンの活動が盛んなことから、大気中の二酸化炭素を吸収すると考えられていた(*注1)。更に、地球温暖化に伴って海氷が減少し、それまで海氷に覆われていた海域が大気と直接接するようになることで、大気からの二酸化炭素の吸収が増えることが示唆されていた。海洋が大気との間で交換する二酸化炭素の量は、海洋と大気における二酸化炭素分圧(*注2)の差、風速、海氷密接度(*注3)などの値から求められる。海洋の二酸化炭素分圧が大気の二酸化炭素分圧よりも低いと、海洋は大気中の二酸化炭素を吸収し、逆に、海洋の二酸化炭素分圧が大気の二酸化炭素分圧よりも高いと、海洋中に溶け込んでいた二酸化炭素が大気中へ放出される。また風が強いと交換量が多く、風が弱いと交換量が少なくなる。海氷については、大気と海洋の間の壁のような存在なので、海氷が多い(密接度が高い)と交換量が少なく、海氷が少ない(密接度が低い)と交換量が多くなる。海氷密接度は衛星観測により得ることができる。また、風速と大気の二酸化炭素分圧は時間的、空間的な変動スケールが大きいため、少数の観測データと数値モデルの解析結果より得ることができる。一方で海洋の二酸化炭素分圧は、短い時間や細かな空間スケールで変動するため、その分布や時間変動を知るためには、多くの観測データが必要となる。

 

 これまで北極海は、全球の大気海洋間二酸化炭素交換量を見積もる際に、唯一直接的な見積もりがなされていない海域であった。1990年代後半以降、世界各国の海洋観測船が海洋の二酸化炭素分圧を測定しており、観測データの蓄積が進んでいて、JAMSTECでも海洋地球研究船「みらい」が、毎年のようにチュクチ海へ向かい海洋の二酸化炭素分圧を観測していた。本研究の成果は、今後の全球二酸化炭素収支の見積もりに有用な情報を提供し、その不確実性の低減に貢献する。また、二酸化炭素の吸収は海洋酸性化に直結する要因であるため、本研究の成果は、特に海洋酸性化の影響が深刻である北極海における海洋酸性化の実態把握につながるとしている。海洋酸性化は、殻や骨格を持つ生物がその材料となる炭酸カルシウムを生成することを阻害するため問題視されている。

 

 今回の研究成果について、研究グループは、「現在のところ、水温上昇に伴う海洋二酸化炭素分圧の上昇による吸収量を減少させる効果と海氷減少による吸収量を増加させる効果が打ち消し合って、北極海全体の二酸化炭素吸収量の長期的な変化は小さくなっていることがわかっている。すなわち、北極海の海氷が減少し、大気と直接接する海域が広がったからといって、必ずしも二酸化炭素の吸収量が増えているわけではない。海氷は今後も減少していくと予想されており、二酸化炭素吸収量に関しても、引き続き注意深く監視していくことが重要だと考えている」とコメントしている。また国際的な協力関係のもと、二酸化炭素分圧の観測の拡大・継続と、観測値の共有がなされてきたが、冬季であることや、ロシア沿岸域、北極海中央部の観測は限られており、詳細な変化をより正確に捉えるために観測のさらなる継続と拡大を望むとしている。また北極海の太平洋側の出入り口にあたるチュクチ海は北極海とその周辺海域の中でも、特に大きな海洋二酸化炭素分圧の季節・経年変化がみられる海域であり、JAMSTEC では今後も太平洋側北極海での観測を続ける予定であるとしている。

 

*注1 一般に水温が低下すると、二酸化炭素の溶解度が増加し海水中に溶かし込める二酸化炭素の量が増える。また植物プランクトンの光合成により海水中の二酸化炭素が消費されると、その分大気の二酸化炭素を吸収する能力が上がる。

 

*注2 二酸化炭素濃度を圧力の単位に変換したもの。

 

*注3 海面に対して氷に覆われている面積の占める割合。100%は海面が海氷ですべて覆われていることを示し、0%は海氷が全くない状態を示す。

 

 

 

(C) JAMSTEC

(a) 単位面積当たりの二酸化炭素交換量(負値が海洋吸収を示す)、(b) 海氷密接度、(c)風速、(d) 大気海洋間二酸化炭素分圧差(負値は、海洋中の二酸化炭素分圧が大気中の二酸化炭素分圧より低いことを示す)の1997年1月から2014年12月までの平均値。海氷密接度が低く、風が強く、大気海洋間二酸化炭素分圧差が大きいほど、二酸化炭素交換量が大きい。