4月3日

 

 慶應義塾大学の辻本志保氏および岡朋治教授を中心とする研究チームは2日、国立天文台野辺山45m電波望遠鏡および国立天文台ASTE 10m望遠鏡を用いた観測により、太陽系から約3万光年の距離にある天の川銀河の中心部において、一つの異常に広い速度幅を有する特異分子雲を発見したと発表した。 特異分子雲の大きさは約50光年で、内部に少なくとも5つの膨張する球殻状の構造を含んでいる。 これは約10万年前にここで起きた大爆発の証拠になりうるとしている。さらにこの大爆発のエネルギーは、超新星爆発約10個分に相当するため、特異分子雲中に数十万太陽質量(*注1)の巨大星団が潜んでいると推測される。このような銀河中心部の巨大星団の中では、 恒星やブラックホールが合体を繰り返すことによって、中質量ブラックホール(*注2)が形成されると考えられる。よって今回見つかった特異分子雲は、そのような中質量ブラックホールの起源になるものとして重要視されている。

 

 多くの銀河の中心には、数百万太陽質量を超える質量をもつ巨大ブラックホールがあると考えられている。 しかしその起源は未だ解明されていない。1つの説として高密度星団内における恒星同士の合体によって形成された中質量ブラックホールが、さらに合体を繰り返して銀河の中心に巨大ブラックホールを形成するというものが考えられている。このシナリオを検証するためには、 中質量ブラックホールおよび高密度星団の存在を、銀河中心の近傍において実際に確認しなければならない。 2012年に慶應義塾大学の研究チームは、国立天文台野辺山45m電波望遠鏡および国立天文台ASTE 10m望遠鏡を用いた観測結果から、 天の川銀河の中心領域に4つの異常な物理状態と広い速度幅を持つ特異分子雲を発見し、中質量ブラックホールや高密度星団の存在を示唆する痕跡を発見していた。

 

 今回研究チームは、特異分子雲の一つであるL=-1.2°分子雲の詳細な観測を進めた。取得した一酸化炭素分子の回転スペクトル線の強度分布から、この分子雲が直径約50光年の楕円状をしていること、少なくとも5つの膨張する球殻構造を内包すること、超新星爆発の約10個分の運動エネルギーを有すること等を明らかにした。 膨張球殻構造の大きさと膨張速度から、それらの年齢は約6万年から11万年と推定。さらに最も年齢の若い膨張殻構造の端において一酸化ケイ素分子の回転スペクトル線が検出された。このことは、 解離性衝撃波を生じるような激しい爆発現象がL=–1.2°分子雲の加速に深く関わっていることを意味するとしている。 これが仮に超新星爆発であるとすると、ここでは数万年に1発の頻度で超新星爆発が起きることになる。 限られた空間領域にこれだけの頻度で超新星爆発が起きるということは、ここに大規模な恒星の集団があることを意味し、 その質量は数十万太陽質量と評価される。これはもう一つの特異分子雲であるL=+1.3°分子雲に付随する星団と比べるとやや小規模ではあるものの、 それでも天の川銀河の中では最大級の星団質量になる。これら2つの巨大星団は一つの閉じた軌道上にあると考えられていて、その軌道上において数千万年前に爆発的な星形成(スターバースト)が起きた可能性があると考えられている。そしてこれらの星団中で形成された中質量ブラックホールが、 星団とともに中心核へ落ちていき、巨大ブラックホールの形成・成長に貢献する。こうしてスターバーストから巨大ブラックホールが形成されるシナリオ導くことができる。

 

 一方で大きな謎が1つ残っている。それは天の川銀河の中心部に存在が示唆された2つの超巨大星団は、赤外線などの他の波長では全くその姿が見えないということである。これは星団中にある星の質量分布が通常とは全く異なっている可能性を示唆している。爆発については、超新星爆発のみならず中性子星同士の合体などの過程が大きく寄与している可能性もあり、今後の興味深い研究課題になるとしている。

 

*注1 太陽質量 :天文学で使われる質量の単位。1太陽質量 =1.99×10(30乗)kg。
*注2 大質量星の残骸である「恒星質量ブラックホール」(質量は太陽の数十倍程度)と銀河中心核の「巨大ブラックホール」(質量は太陽の数百万倍以上)との間にある、中間的な質量のブラックホールのこと。

 

 

 

(C) 慶應義塾大学

内部の超巨大星団によって駆動されるL=–1.2°分子雲の想像図。