5月16日

 

 北海道大学低温科学研究所の三寺史夫教授らの研究グループは9日、北海道沖合いの磯口ジェットと呼ばれる海流の詳細な研究を行った結果、水深約5,500m の深海におけるわずかな海底起伏が、海の表面の海流や水温前線をコントロールする新たな海流形成メカニズムを発見したと発表した。

 

 2000 年代になって、北海道の東方1,000 ㎞の沖合に黒潮を源とする海流(通称・磯口ジェット:図1)が見出された。岸から遠く離れた北太平洋の中にもかかわらず、ほぼ同じ場所を通る特徴を持つ準定常ジェットである。また磯口ジェットは、水産資源への影響も大きいことが知られている。たとえば,日本の太平洋沿岸で生まれたマイワシなどの小型浮魚類の稚幼魚は、餌料の多い亜寒帯へと回遊する際に磯口ジェットを利用している。さらに磯口ジェットが形成する海面水温前線は成魚にとっても好餌場となるため、周辺海域に小型浮魚類が多く分布することが知られている。また最近の研究で磯口ジェットの強さの変動に伴って海面水温が大きく変化し、それが北半球規模の気候変動を引き起こすことがわかってきた。

 

 しかし磯口ジェットがなぜ岸から1,000 ㎞も離れた海域に安定して存在するのか,その形成メカニズムは謎のままであった。

 

 研究グループは、従来見過ごされてきた水深約5,500m の深海底における500m 程度の低い緩やかな海底地形(北海道海膨かいぼう)に着目した。図1を見ると磯口ジェットは高さ500m 程度の北海道海膨に沿って流れていることがわかる。従来この高さの海底地形は、海洋表層の流れに影響を及ぼすことはないと考えられていた。図1 を見ると,表層の厚さがこの海膨付近で緯度線に平行な分布から大きく歪んでいる。もともと表層は亜寒帯海域で薄く、中緯度域では厚いが、亜寒帯の薄い表層(水色の部分)が海膨に沿って北海道沖まで南下してことがわかる。そして,そのすぐ東側の比較的厚い表層(ピンクの部分)との間で層厚(層の厚さ)に大きな差違を作ることにより,磯口ジェットが形成されている。図2 はこの説明を模式的に示したものである。表層の厚いほうは水圧が高く、表層の薄いほうは水圧が低いため、圧力が表層の厚いほうから低いほうにかかるが、コリオリの力によって右向きの力が働くという具合である。

 

 次に従来無視できると考えられてきた背の低い海膨が、いかにして磯口ジェット形成を担うのかに着目した。その原因は海洋中に数多く存在する半径数10kmの渦と海底地形との相互作用によって生じる海膨上深層の時計回り循環(図2 と図3 の黄色の矢印)にあることがわかった。海洋表層の厚さは、ロスビー波(*注1) と呼ばれる波動によって伝えられる。通常ロスビー波は西向きに進むが、海膨上ではこの時計回り循環によってロスビー波の伝搬が南西向きに曲げられ、亜寒帯起源の薄い表層を北海道沖まで南下させることがわかった。そして図3 に示すとおり、この薄い層を運ぶロスビー波と、北緯40度の近くを西向きに伝搬する中緯度のロスビー波が出会う海膨上に、磯口ジェットが形成される。これは,本研究によって見出された,表層海流と海面水温前線の新たな形成メカニズムである。

 

 北海道海膨に類するゆるやかな起伏は、世界の海のいたるところにある。したがって,本研究で見出した表層海流形成のメカニズムは、磯口ジェットに限らず様々な中高緯度海域で働いている可能性がある。三寺教授らの研究グループは、単純化された地形を用いた理論的な研究も行い、このメカニズムの一般化を進めていくこととしている。

 

(C) 北海道大学、海洋研究開発機構、大分大学、国立極地研究所、水産研究・教育機構、気象庁気象研究所、東京大学

図1 海表面流速(矢印)と海底地形(カラー陰影)。海底地形は深海底の起伏(5,000~6,000m)を強調表示。

 

 

 

 

(C) 北海道大学、海洋研究開発機構、大分大学、国立極地研究所、水産研究・教育機構、気象庁気象研究所、東京大学

図2 表層海流(矢印)と海洋表層の厚さ(密度1,027.2 kg/m3 の深さ;カラー陰影)。黒の実線・破線、青い実線・破線、細い線は,それぞれロスビー波と呼ばれる波動の伝搬経路を表す。黄色の点は、高緯度から南下する薄い層(水色の部分)と北緯40 度近傍を伝搬する中緯度の厚い層(ピンクの部分)が出会う海域。磯口ジェットは黄色い点を中心に形成される。

 

 

 

(C) 北海道大学、海洋研究開発機構、大分大学、国立極地研究所、水産研究・教育機構、気象庁気象研究所、東京大学

図3 磯口ジェットの三次元的描像。中緯度起源の厚い表層をピンク、亜寒帯起源の薄い表層を青で表す。層厚が急激に変化するところに磯口ジェットができる。磯口ジェットの海域では,中緯度(黒潮起源)の温かい水と亜寒帯(親潮起源)の冷たい水が出会うため、海表面に水温前線が形成されることになる。すなわち,この水温前線を挟み,表層の厚さ変化に伴う圧力差が生じることで、磯口ジェットが形成される。

 

*注1 地球回転の効果が緯度によって違うことで生じる長周期波動のこと。もし背景に流れがなければ、ロスビー波は層厚の変形を西向きに伝える。