6月24日
名古屋大学大学院理学研究科、福井康雄特任教授を中心とした、国際研究チームは21日、オリオン大星雲を取り巻く目に見えない分子雲の観測データを詳細に解析した結果、この星雲が2個の分子雲の衝突により形成されたことを明らかにしたと発表した。衝突はおよそ10万年前に起こり、星雲中央のトラペジウムはこの衝突により生み出されたとしている。この衝突は現在も継続中で、さらに多くの星が生まれる可能性がある。またこのような衝突は銀河のいたるところで起こっていると考えられていて、今回の解析結果が多種多様な巨大星・星雲の形成、銀河の進化の研究に大きな波及効果を与えるとしている。
オリオン大星雲は冬の夜空を彩るもっとも有名な星雲のひとつ。図1の左図に示した写真が、オリオン大星雲である。オリオン大星雲は太陽系から1200光年の距離にあり、天の川銀河の全長10万光年と比べると、オリオン大星雲は太陽系から近くにあるため、古くから盛んに研究が進められてきた。オリオン大星雲の中心にはトラペジウム(ギリシャ語で”台形”)と呼ばれる4重星を含め、およそ10個の巨大星が存在する。オリオン大星雲の輝きは、これら巨大星が放つ強い光によるものである。
( C ) 国立天文台,NASA
(左) オリオン座の可視光写真。(中) ハッブル望遠鏡によって得られたオリオン大星雲の可視光の写真。星雲の中央には4重星のトラペジウムが輝いている(右) 国立天文台野辺山45m電波望遠鏡で得られたオリオン大星雲に付随する分子雲の分布。色が白い場所に分子雲が豊富に存在している。このデータは、研究チームの島尻研究員(サクレー研究所)によって、2011年に取得されたものであり、観測には一酸化炭素CO分子のスペクトル(波長2.6mmおよび0.7mm)が使用された。水素分子は電波を放たないために、CO分子が代わりに用いられる。
分子雲は水素分子を主成分とする銀河を漂う冷たいガスである。星は分子雲から生まれるため、星の起源を知る上で、分子雲の理解は必要不可欠である。今回国際研究チームは、オリオン大星雲をとりまく分子雲のデータを用い、分子雲の運動状態を詳細に解析した。その結果、従来は単一の分子雲と考えられていた分子雲が、実は「形の違う2個の分子雲が、重なってひとつに見えている」ということを発見した。2個の分子雲はわずかではあるものの互いに異なる速度を持っており、これを丁寧に分離することでこの結論に至った(図2)。この結果は、2個の分子雲が衝突しており、現在もその衝突最中であることを示唆している。本当に2個の分子雲が衝突している最中なのかを検証すべく、国際研究チームは2個の分子雲の空間分布を比較した。その結果パズルの2つのピースのように互いを補う「相補的な分布」を、この2個の分子雲で発見した。図3はこの相補的分布の2つの例を示している。続いてこの相補的な分布を理解するために、羽部朝男教授(北海道大)らによる分子雲衝突の数値シミュレーションの結果と比較した。大きさの異なる2個の分子雲を衝突させてみたところ、小さな雲が大きな雲に突入する際に、小さな雲と同じサイズの空洞が大きな雲の中にできる様子が見えてきたのである。観測された分子雲(図3)でも、実際大きな分子雲に「穴」が空いており、この「穴」と小さな分子雲の分布がぴたりと一致している。
図2 ( C )名古屋大学/国立天文台
本研究によって存在が明らかとなった2個の分子雲の分布。2枚とも同じ方向を示しているが、異なる速度で運動している。左図の分子雲は太陽系に対しておよそ9km/秒の速度で遠ざかっており、右図の分子雲はおよそ14km/秒の速度で遠ざかっている。
図3 ( C ) 名古屋大学/国立天文台
2個の分子雲の相補的な分布を示した図。背景の青い分布が9km/秒の分子雲を、黄色い等高線が14km/秒の分子雲を示している。 一方の分子雲が鍵雲としてもう一方の分子雲に衝突して、鍵穴を空けるという具合である。
観測データの解析から、衝突の速度はおよそ7km/秒、衝突の経過時間はおよそ10万年であることがわかった。この10万年という数字は、オリオン大星雲の巨大星の年齢とよく一致している。これは分子雲の衝突がきっかけで巨大星が形成されたことを意味している。分子雲同士が超音速で衝突することにより、衝突面でガスが急激な圧縮を受け、その中で通常では誕生しえないような巨大な星が生まれた。衝突は現在も続いており、将来、さらに多くの星を生み出すと予想される。
分子雲同士の衝突が引き起こす巨大星形成は、銀河で頻繁に発生していると考えられている。巨大星はその進化の最後に超新星爆発をおこし、ブラックホールを形成する。その際、鉄などの重元素を核反応によって生成し宇宙に供給する役割を果たすと考えられている。巨大星形成の解明は、宇宙の物質進化の解明にもつながる。その一方で銀河規模での爆発的星形成(いわゆる「スターバースト」)も衝突が素過程である公算が高い。100億年以上前の球状星団や宇宙の初代星の形成にも本研究の成果が適用できる可能性があり、今後の展開が期待される。