12月19日

 

 

 東北大学学際科学フロンティア研究所の川面洋平助教を中心とする国際研究チームは15日、国立天文台のスーパーコンピュータ「アテルイⅡ」とイギリス、イタリアのスーパーコンピュータを用いたシミュレーションにより、太陽風やブラックホール降着円盤を構成することでも知られるプラズマ(*注1)中のイオンが電子よりも高温となるメカニズムの解明に成功したと発表した。宇宙プラズマの乱流中には縦波的ゆらぎと横波的ゆらぎ(*注2)が存在しているが、研究チームは縦波的ゆらぎを含む無衝突乱流を計算し、イオンが縦波的ゆらぎのエネルギーを選択的に吸収することで電子より高温になることを突き止めた。これまでの無衝突乱流の数値シミュレーションでは横波的ゆらぎのみを考慮しており、イオンと電子が両方ともに、どちらかよりも高温となりうる結果が出ていた。今回の研究成果は2019年にイベント・ホライズン・テレスコープによって撮影されたブラックホールシャドウを取り巻く降着円盤の構造を解析する上でも重要な成果であるとしている。

 

 宇宙に存在する物質のうち、ダークマター以外の「目に見える」物質の99パーセントはプラズマ状態にあり、プラズマの持つ性質を知ることで様々な天体現象を理解することができる。プラズマが重要となる天体現象の代表例としては、太陽から吹き出る太陽風(*注3)やブラックホールを取り巻く降着円盤(*注4)などが挙げられる。人工衛星による太陽風の観測や降着円盤の理論モデルから、これらの天体現象ではイオンの方が電子より遥かに高温になっていることが知られていた。しかし、なぜイオンが電子よりも高温になるのかは大きな謎に包まれていた。

 

 そもそもイオンと電子が混在していれば温度差が生じないように思えるが、この疑問を解決する上では無衝突状態というワードが鍵を握る。まず宇宙空間における天体プラズマは高温で希薄なため粒子の間の衝突がほとんど存在しない。このような状態が無衝突状態と呼ばれており、プラズマを構成するイオンと電子の間に直接的な相互作用が発生しない。そのためイオンと電子は異なった温度を取ることが可能となるのである。身近な例を挙げると、例えば熱いコーヒーに冷たいミルクを注げばあっという間にコーヒーとミルクは同じ温度になるが、天体プラズマではイオンと電子は直接的な相互作用をしないため、異なった温度を維持するのである。

 

 研究チームはプラズマ中におけるイオンが電子よりも高温になる理由を突き止めるべく、スーパーコンピュータを用いて無衝突プラズマ乱流のシミュレーションを行い、イオンと電子がどのように乱流によって加熱されるかを確かめることとした。無衝突プラズマでは、私達が身の回りの水や空気の流れを調べる際に使う流体力学モデルを使うことができない。そのため運動論と呼ばれる第一原理モデルを使う必要があるが、運動論は流体力学より遥かに複雑なモデルである。そこで研究チームは数値計算を簡略化すべく、磁場閉じ込め核融合の研究で用いられているジャイロ運動論(*注5)というモデルを用いて無衝突プラズマ乱流のシミュレーションを行うこととした。ジャイロ運動論は乱流の持つ様々なゆらぎのうち、ゆっくりとした変動にのみフォーカスしており、本来の運動論よりもシミュレーションにかかる数値コストを大幅に下げることが可能になる。またプラズマの乱流の中には横波的ゆらぎと縦波的ゆらぎが存在する。これまで行われてきた無衝突プラズマ乱流の研究では、横波的ゆらぎのみが存在する状況が想定されてきた。横波的ゆらぎのみが存在するときは、イオンが選択的に加熱される可能性と電子が選択的に加熱される可能性のどちらもありうる結果となっていた。これらを踏まえて、研究チームは世界で初めて縦波的ゆらぎと横波的ゆらぎが共存するという、現実の天体現象により近い状況で無衝突プラズマ乱流のシミュレーションを行った。その結果、イオンが縦波的ゆらぎの持つエネルギーを電子より効率よく吸い取るため、あらゆる状況でイオンは電子より強く加熱されることが明らかになった(図1)。

 

 今回の研究成果はさまざまな天体現象でイオンが電子より高温である事実を説明できるものである。特に2019年に公開されたイベント・ホライズン・テレスコープによるブラックホールシャドウの降着円盤の構造を解析する際に、イオンが電子に比べどれくらい強く加熱されるかという情報が必要になり、今回の研究成果が活かされる。また降着円盤中のイオンと電子の温度が正しく求まると、ブラックホールの質量や自転について正確な情報が得られるようになるとしている。

 

*注1 物質が気体よりも高温状態となり、プラスの電荷を帯びたイオンとマイナスの電気を帯びた電子で構成されるガスとなっている状態。固体、液体、気体に続く物質の第4の状態として知られる。

 

*注2 波の進む方向と媒質の振動方向が平行であるものを縦波と呼ぶ。縦波の例である音波では、密度の変動方向が波の進む方向と平行になっている。プラズマ中では密度だけでなく磁場強度の変動も縦波になる。一方横波では波の進む方向と媒質の振動の方向が垂直になる。横波の例は弦の振動である。プラズマ中では磁力線の振動が横波になる。

 

*注3 コロナと呼ばれる太陽の上層大気から吹き出すプラズマの風。地球ではオーロラや磁気嵐が太陽風によって引き起こされる。

 

*注4 ブラックホールや中性子星などの大質量星や誕生したばかりの若い恒星の周りを回転しながら中心に落下する円盤状のプラズマの流れ。プラズマは円盤中で乱流状態になっており、中心に向かって落ち込むにつれて高温に加熱される。

 

*注5 イオンや電子が磁力線の周りを旋回する高速な運動を平均化し、ゆっくりとした運動のみを解く手法。磁場閉じ込め核融合の研究において広く使われている。小さいスケールにおいては乱流の運動はイオンや電子の旋回運動より遅くなるという理論予測や、太陽風の乱流には速い変動がほとんど存在しないという人工衛星による観測事実に基づき、ゆっくりとした運動に着目するジャイロ運動論を今回の研究では採用した。

 

 

図1 ( C ) 2020 The American Physical Society

大規模数値シミュレーションによって得られたイオンと電子の加熱比と、縦波的ゆらぎと横波的ゆらぎの比の関係性。横軸の値が大きいほど縦波的成分が増大する。一方、縦軸の値が大きいほどイオンの加熱が増大し、1を超えるとイオン加熱の方が電子加熱より大きくなる。マーカーの色はプラズマの圧力と磁場の圧力の比βiに対応し、βiが小さいほどより強磁場になる。いずれのβiに対してもイオンと電子の加熱比は縦波と横波の比の増加関数であるため、縦波的ゆらぎがイオンを選択的に加熱していることを示している。