球状星団

 

 このアニメーションは球状星団(きょしちょう座47)のmass segregation ("質量による住み分け")がどのようにして起こるかをgnuplotによりシミュレーションしたものです。きょしちょう座47では青色の星と赤色の星の2種類が存在しますが、このアニメーションでは赤い色の星を緑色で表現しています。

 

 球状星団誕生のシナリオとして、まずは2つの気塊が中心付近で衝突して、星がたくさん作られます(スターバースト)。このアニメーションではスターバーストによって2次元上で質量の重い恒星(青色)、質量の軽い恒星(緑色(実際には赤色の星))が200個ずつ作られるとして、半径1.1の円でそれぞれの恒星を最初にランダムに配置し初期速度は0としています。また質量は重い恒星と軽い恒星で2:1としています。これらの恒星に全て等しい運動エネルギーを与えて、ナビエ・ストークス方程式によって運動することとします。外力は一次元調和振動子(いわゆるばねポテンシャル)です。圧力勾配は重力に対抗する力として星団中心からの熱による圧力勾配を考えたいのですが、簡単のために重力と同じような距離の2乗に反比例する力としています。そして重い恒星と軽い恒星が近づいたときに、完全弾性衝突をしてエネルギー等分配によってエネルギーのやりとりを行うこととしています。また球状星団では個々の星の回転成分がほとんどないとされていますが、角運動量保存則に基づいて、微小な回転成分を個々の星に与えています。これらを踏まえた上でナビエ・ストークス方程式(極形式)をルンゲ・クッタ法により解き、2次元上で可視化したものが上のアニメーションです。 重い星と軽い星同士が衝突をしながらでも、時間経過とともに圧力勾配の力によって重い星が円の中心付近に集中していき、大体の軽い星が重い星よりも外側に分布している様子がわかります。

 

 2007年、J.Meylan氏等によって球状星団のmass segregationについて驚くべき研究結果が発表されました。研究チームは長年にわたりNASAのハッブル宇宙望遠鏡によって"きょしちょう座47"の球状星団を観測。この観測結果は従来の理論モデル同様、様々な質量を持つ恒星が中心から外側にかけて、球状星団が平衡状態になっているようなガウス分布を描くように存在していました。速度分散もマックスウェル速度分布に大体沿って存在していました。しかし速度分散の値は理論モデルよりも少し大きくなっていることがわかりました。研究チームは、速度分散が恒星の明るさや距離の変化に応じてどのように変化するかを考慮しながら、速度分散の値が理論モデルよりも大きくなる要因を探ることとしました。そして球状星団内における2.6mas/year(1年あたりにどれくらいの角距離(秒角)を進んだかを示す。なお2.6mas/yearというのは、星団中心付近における恒星の最大スピードです。)以上のとても速く運動する星団中心付近(中心から20秒角以内)の青色はぐれ星と赤色巨星を選び出して速度分散を比較するということに着目することとなりました。その結果、これらの恒星が衝突や重力散乱の相互作用を行った際にエネルギー等分配によって変化したと推測される速度分散を2乗したものが、質量に反比例していることが証明されました。よって衝突運動や重力散乱の相互作用によって、恒星がエネルギーのやりとりを行い、質量の重い青色はぐれ星はエネルギーを失って星団内の中心に沈んでいき、質量の軽い赤色巨星はエネルギーを得て星団の外側に向かっていくということが分かったのです。これはまさに恒星の位置が質量によって住み分けを行っており、実際に質量の重い恒星(太陽の1.4倍の質量)のグループと質量の軽い恒星(太陽の0.7倍の質量)のグループの分布を解析した結果、中心から外側にかけて、質量の軽い恒星の割合が多くなることが示されました。今回のシミュレーションはこれらの事実を基に行ったものです。

 

 また今回のシミュレーションで用いている一次元調和振動子と圧力勾配の項の2つのポテンシャルをハミルトニアンとして、球状星団の密度分布をプロットしたものは以下のようになります。

 

 

x軸は中心からの角距離(arcmin)のlogスケール、縦軸は星の数です。青いドットは人工衛星Gaiaのデータをプロットしたもの。緑色のドットは、ハッブル宇宙望遠鏡の表面輝度分布とキング・ウィルソンの球状星団ポテンシャルモデルを組み合わせて最終的に得られた密度分布関数を、Gaiaのデータ(DR3)と合うようにして得られた密度分布を示しています。赤い線が今回のシミュレーションで用いている一次元調和振動子と圧力勾配をハミルトニアンとして考えている密度分布です。赤い線はGaiaのデータとハッブル宇宙望遠鏡から得られたデータに合うようにマルカール法を用いてポテンシャルに係る係数を求めました。赤い線はGaiaのデータとは合っていませんが、内側の領域の密度分布を再現しているように見えます。ばねポテンシャルは圧力勾配と組み合わさると、ばねポテンシャル自体が赤い線を外側に伸ばす効果があり、圧力勾配の項は中心から外側にかけて圧力をかけるように、星の数も中心から外側にかけて減っていく勾配をつける効果があります。圧力勾配の項は係数が大きくなると、中心の星の数が極端に大きくなってしまうため、できるだけ小さい係数にする必要があります。

 

またばねポテンシャルを用いた密度分布関数exp(-ψ)に対してラプラス・メリン変換をほどこし、その後ラプラス・メリン逆変換をほどこすことによって力学的エネルギーEと角運動量Lの変数を持つ分配関数F(E,L)を求めることができますが、そのグラフは以下の通りです。

 

 

分配関数を速度空間で積分すると天体の密度が求めることができます。天体の回転による密度進化を計算するときにも分配関数が使われます。

 

 今回私が考えたモデルは、球状星団のmass segregationをアニメーションとして再現することには成功していますが、現実的な星の統計分布を再現するには至っていません。今後の課題は、球状星団がどのようなポテンシャルを持てば現実的な統計分布を再現できるかどうかを考えることです。

 

今回シミュレーションを行う上での過程は次のページも参照してください。

球状星団のmass segregationを1次元上で考える。