4月29日

 

 

 ドイツ・マックスプランク電波天文学研究所のキム・ジェヨン氏を中心とする研究グループは7日、世界初のブラックホール画像を捉えたEHT(イベント・ホライズン・テレスコープ)プロジェクトによるデータを解析した結果、おとめ座方向にある3C 279銀河から噴き出すジェットの根元部分の高精細な画像を得ることに成功したと発表した。この画像からは通常まっすぐ伸びているジェットがすこしねじれた形状をしていること、ジェットに垂直な構造があることが明らかになった。

 

 EHTプロジェクトは世界の8つの電波望遠鏡をつなぎ合わせて地球サイズの仮想電波望遠鏡を作り上げるプロジェクトであり、2019年4月には超巨大ブラックホールシャドウの画像を公開した。EHTは超巨大ブラックホールそのものだけでなく、超巨大ブラックホールから噴き出すと考えられている超高速ジェットも観測していた。今回観測対象となったのは、3C 279と呼ばれる銀河の中心部が放つジェットである。3C 279のジェットの根元からは幅広い波長帯にわたって電磁波が発せられていて、さらにその強度は大きな時間変動を見せる。

 

 3C 279はおとめ座の方向に地球からおよそ50億光年の距離に存在する銀河であり、中心には太陽のおよそ10億倍の質量を持つ超巨大ブラックホールが存在する。これは私たちが住む天の川銀河の中心部にあるブラックホールの200倍以上の質量に相当する。また超巨大ブラックホールに大量のガスが落下することで巨大なエネルギーが解き放たれ、極めて強い光を出している。しかし地球からは非常に遠くにあるため、ほとんど点にしか見ることができない。このような天体は一般に「クウェーサー」と呼ばれる。超巨大ブラックホールの重力に引きつけられたガスはブラックホールの周囲に円盤を作り、その一部が細く絞られたガス流(ジェット)として光速に近い速度で円盤の両側に噴き上げられている。

 

 研究グループはジェットの成り立ちを解明すべくEHTプロジェクトのデータを用いて3C 279銀河のジェットを解析した結果、通常はまっすぐ伸びているジェットがすこしねじれた形状をしていること、ジェットに垂直な構造があることを明らかにした。ジェットのねじれ構造がある理由については、3C 279が仮にブラックホール連星である場合に、連星軌道運動を行う片方のブラックホールからジェットが噴出している可能性が挙げられる。もう一つ考えられるのは、ジェットの中で二つの異なる速度を持つプラズマの流れが複雑に絡み合った結果(ケルビン-ヘルムホルツ不安定性)で生じるというものであるが、いずれにせよねじれの原因は未解明である。ジェットに垂直な構造が見えたのは今回が初めてのことであり、これはジェットが吹き出す降着円盤の極の部分を見ている可能性があるとしている。また4日間の観測の間にその形状は細かく変化しており、降着円盤の回転とガスの降着、ジェットの放出のようすを知る手がかりになるとしている。キム氏は、「宇宙への新しい窓を開けた時には、必ず新しい発見があることを私たちは知っています。可能な限り高解像度な観測をすることでジェットが形作られる領域を見ることができると期待していたところで、私たちはジェットに垂直な構造を見つけたのです。マトリョーシカを順に開けていって、最後にまったく違う形の人形が出てきたようなものです。」とコメントしている。

 

 さらに研究チームは3C 279銀河から噴き出すジェットが超光速運動(*注1)をしていることを明らかにした。3C 279の中心部で電波を強く出していた「コア」は2つの部分に分かれており、私たちに向かって光速の99.5%もの速度で移動している。これほどの高速で移動しているため、3C 279のジェットは光速の20倍もの「見かけの速度」を持っている。ハーバード・スミソニアン天体物理学センターのドム・ペセ研究員は「ジェットを構成する物質は非常に速い速度で移動しているので、その物質が放った光とまるで競争しながら私たちに向かってきています。このために、物質が光速を超えた速度で動くように見える「幻覚」が起きるのです。」とコメントしている。

 

 これらの観測結果に現れた予想外のジェットの構造は、回転し折れ曲がったジェットの内部に衝撃波や不安定性が存在することを示唆している。そして3C 279で観測される高エネルギーのガンマ線がジェットの構造に起因するものであるとしている。

 

 EHTの観測は、毎年北半球の春の季節に行われるが、2020年3月から4月に予定されていたEHTの観測は、新型コロナウイルス感染症の拡大防止のためにキャンセルされた。EHT副プロジェクトディレクターを務めるMITヘイスタック観測所のマイケル・ヘクト氏は「私たちは、2017年に得たデータの論文化するための活動と、新しい望遠鏡を加えて2018年に取得したデータの解析に集中しています。2021年春に、11台の望遠鏡でEHT観測を行うことを楽しみにしています。」と今後の抱負についてコメントしている。

 

*注1 みかけ上、光速度を超えた速度で運動しているように見える現象。ある天体が光速度に近い速度でわれわれの視線に対して斜め方向に近づきながら電磁波を放射している場合、視線に垂直な天球面上で、その物体があたかも光速を超えて運動するように見えることがある(天体が視線に垂直方向に移動した距離を、その両点から電磁波がわれわれに到達した時間の差で割ると、光速を超える場合がある)。実際に物質が光速を超えて運動しているわけではない。

 

 

( C )  J.Y. Kim (MPIfR), Boston University Blazar Program (GMVA and VLBA), and Event Horizon Telescope Collaboration

2017年4月に様々な波長で観測した3C 279のジェット。画像右側が、EHTが波長1.3mmの電波で2017年4月11日に観測した画像である。左上は波長7mmの電波で2017年4月16日にアメリカのVLBAで観測した画像、左下は波長3mmの電波で2017年4月1日にグローバルミリ波VLBIアレイ(GMVA)で観測した画像である。