5月9日

 

 

 ESO(ヨーロッパ南天天文台)の天文学者を中心とする研究グループは6日、チリのESO・ラシーヤ天文台にあるMPG/ESO 2.2m望遠鏡を用いて地球から約1000光年離れた場所にあるHR6819と呼ばれる連星系を観測した結果、ブラックホールを発見したと発表した。このブラックホールは今まで観測されたブラックホールの中で最も太陽系に近い場所にあり、肉眼でも観測できる恒星2個とブラックホールからなる3重連星を成している。研究チームはこのブラックホールを含む3重連星システムは氷山の一角であり、今後さらにこれと似たような多くのシステムを観測できるとしている。

 

 研究チームはもともと連星系の研究をすべく、ぼうえんきょう座(南天を代表する星座)の方向にあるHR6819と呼ばれる連星系の観測をしていた。ところが驚くことに観測データを解析した結果、連星系と重力相互作用をするブラックホールの存在を明らかにしたのである。またMPG/ESO 2.2m望遠鏡に搭載されているFEROS(多波長の電磁波分光器)を用いて観測した結果、2つの可視光で捉えられる恒星がブラックホールを40日の周期で周回しており、3重連星系の内側の部分で恒星とブラックホールがペアになっており、そのペアから離れた場所に恒星が存在していることが明らかになった(図1)。HR6819におけるブラックホールの発見至った理由としては、連星系の内側に存在する恒星の軌道を解析すると、太陽質量の4倍程度の“目に見えない”物質が存在していると推測されたことが挙げられる。これは恒星質量ブラックホール(*注1)に他ならないと、研究チームの一人であるリヴィニウス氏は結論付けた。

 

 現代のブラックホールの研究においては、周りの環境と強い相互作用をすることによってブラックホール自身が放射する強いX線を観測することで、ブラックホールの発見につなげるという例が多い。しかし天の川銀河の年齢を考えると、多くの星が重力崩壊をすでに終えており、周りの環境とは強い相互作用をしないブラックホールに姿を変えていると推測されている。今回発見されたHR6819における恒星質量ブラックホールはそのような静かなブラックホールであり、天の川銀河にこのようなブラックホールが多く存在することを示唆している。リヴィニウス氏は「天の川銀河には数百万ものブラックホールが存在しているはずであるが、我々はまだ少ししか観測できていない。何を観測すべきかを知ることでもっと多くの恒星質量ブラックホールを観測できるはずである。」と今後の期待についてコメントしている。

 

 また今回の研究成果はLB-1システム(ふたご座にある連星系であり、青く光り輝くB型主系列星とブラックホールから成る。)が3重連星系を成しているかもしれないということを示した。LB-1システムを研究することで、太陽質量の8倍の質量をもつ恒星が最後にスーパーノヴァ天体となり爆発してブラックホールに至るまでの形成・進化過程を理解することにつながる。

 

 また今回の3重連星系の発見はもう一つの研究課題を解決することにつながる。それはシステムの内側のペアとそこから離れた場所にある天体がある環境において、激しい合体衝突が生み出す重力波がどのようにして生まれるのかという問題である。何人かの研究者はHR6819やLB-1システムと似たような環境において衝突合体が起きることで重力波が放出されるだろうと考えているが、このシステムでは内側に2個のブラックホールのペアが存在する、もしくはブラックホールと中性子星のペアが存在するということが重力波が生み出される条件として必要である。このようなシステムであれば内側から遠くに離れた天体が内側のペアに対して重力的な相互作用を与えて重力波を放出させることができるだろうと考えられている。ところがHR6819とLB-1システムは一つのブラックホールしかもっておらず、中性子星は持たない。よってHR6819とLB-1システムを研究することが3重連星系における恒星衝突の理解につながるかもしれない。

 

*注1 恒星の重力崩壊でできたブラックホールであり、一般的に太陽質量の5~数十倍の質量を持つ。

 

 

( C ) ESO/L. Calçada

図1 HR6819のイメージ図。HR6819は3重連星系をなしていることがわかった。内側は青い線で示す恒星と赤い線で示すブラックホールがペアとなっており、このペアはおおよそ同じ質量で円軌道を描いている。外側には青い線で示す恒星が存在する。