5月20日

 

 

 北海道大学低温科学研究所の香内晃教授らの研究グループは12日、星間分子雲(*注1)のチリに大量に含まれている有機物を加熱すると、水が大量に生成されることを発見したと発表した。星間分子雲由来の有機物は氷がなくなるとされる太陽から2.5天文単位の距離より内側の領域でも残っているため、有機物から水ができるという結果は地球のみならず、火星や小惑星の水の起源を解明する上で、重要な成果である。これまでは地球に水をもたらした物質として、彗星の氷や炭素質隕石に含まれる水を含む鉱物などが候補になっていた。しかしチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星の探査によって彗星の氷の寄与はほとんどないことがわかり、炭素質隕石では地球の水が多くなりすぎるなどの問題があげられており、地球の水の起源は明らかになっていなかった。今後研究チームは「はやぶさ2」によって採取された試料中の有機物の分析と相まって、地球をはじめ、地球型惑星の水や有機物の起源を解明することを目標としている。

 

 宇宙には大量の有機物が存在する。たとえば彗星やそのもとになった星間分子雲のチリでは、氷と鉱物と有機物の比は1:1:1 である。また炭素質隕石にも有機物が含まれている。

 

 これまでの惑星の起源や地球の水の起源に関する研究においては、惑星の材料物質が鉱物と氷だけであると仮定しており、有機物の存在は無視されていた。そこで研究チームは有機物の存在が惑星や地球の水の起源にどのように影響するかを研究すべく、氷が蒸発してなくなった雪線(*注2)(2.5 天文単位)より内側の領域において,星間有機物が普通隕石(*注3)母天体でどのように変化するかを実験で調べることとした。まずは星間有機物は、星間分子雲で氷(水、一酸化炭素、アンモニアなどからなる)に紫外線が照射されてできたと考えられているため、このようなプロセスを実験室で再現し、生成された有機物の化学分析結果をもとに、試薬を調合して出発物質(模擬星間有機物)を作成した。そして出発物質をダイヤモンドアンビルセル(*注4)で加熱し、顕微鏡で加熱過程を観察した。また反応容器で加熱する実験も行い、回収した生成物を各種化学分析法で分析した。

 

 出発物質をダイヤモンドアンビルセルで解析した結果は写真1の通りである。100℃では一様な有機物であるが、200℃では2相の有機物に分離する。350℃で水の生成がはっきりし有機物は赤茶色のものだけになる。400℃では有機物が黒くなり石油のようになった。また反応容器を用いて400℃で加熱した実験では、上の方に黒い石油が溜まり、下側には半透明の有機物が少し溶けた水が沈んでいる様子が確認された。各種化学分析の結果から、石油は地球上で産出するものによく似ていることもわかった。

 

 以上の2つの実験から、出発物質を加熱すると水と石油が生成されることが確認できた。出発物質の組成を大きく変えても、水と石油ができるという結論は変わらなかったとしている。よって星間有機物は2.5 天文単位より内側の領域(普通隕石母天体や地球型惑星)の水の起源になり得ることが明らかになった。これまで考えられてきたような炭素質隕石がなくても地球の水の起源を説明できる可能性があり、さらに小惑星や氷衛星の内部には大量の石油が存在していることが示唆される。

 

 今後研究グループは、2020年末に地球に帰還予定の「はやぶさ2」の試料中の有機物を分析し、地球型惑星や隕石中の水や有機物の起源をより明確にすることを目標としている。

 

*注1 極低温(10K=-263℃)でガスの圧力が非常に小さい星雲のこと。直径0.1μm 程度の固体(珪酸塩、有機物、氷)とガス(水素分子)からなる。オリオン座の馬頭星雲などが一例。

 

*注2 Snow line とも呼ばれる,原始惑星系(太陽系)円盤で水が気体(水蒸気)から固体(氷)に変わる場所のこと。太陽系では,おおよそ150K (=-123℃)で太陽からの距離は2.5 天文単位である。

 

*注3 主として珪酸塩鉱物からできている石質の隕石。雪線の内側の小惑星帯で形成されたと考えられている。

 

*注4 ダイヤモンドアンビルセル・・・小さな穴のあいた金属板を2 個のダイヤモンドではさみ、金属板の穴に入れた物質を高圧にする装置。ダイヤモンドは透明であり、加圧・加熱中の様子を顕微鏡で観察できる。

 

 

写真1 ( C ) 北海道大学

ダイヤモンドアンビルセルで出発物質(模擬星間有機物)を加熱したときの様子。