8月22日

 

 

 JAMSTEC(海洋研究開発機構)の野口峻佑研究員を中心とする研究グループは7日、2019年9月に南極上空で発生した成層圏突然昇温(*注1)の影響で熱帯域の対流活動が活発化していたことを突き止めたと発表した。この現象が2019年の秋に日本に甚大な被害をもたらした台風15号や19号に影響した可能性があり、季節予測の精度を向上させていくにあたって、成層圏の現象の再現性を上げることが重要になるかもしれないとしている。

 

 成層圏突然昇温は、冬季の成層圏において極を取り巻く大きな流れが乱れることにより極域の温度が急激に上昇する現象であり、2019年に南極オゾンホールの面積が最小化した原因でもある。この現象は北半球の冬季においてしばしば起こり、その影響は対流圏にも及ぶことが近年の研究により明らかになってきている。特に、成層圏の熱帯域で上昇し極域で下降する大規模な子午面循環であるブリューワー・ドブソン循環 (*注2)(図1)を急激に強め、冬季の中高緯度対流圏においては、偏西風を南下(赤道側へシフト)させることから、季節予測においても無視できない現象となっている。実際、2019年の南極における成層圏突然昇温は、過去最悪と言われる豪州の山火事等の南半球の異常気象に寄与していたと指摘されており、その事前からの予測と結果に注目が集まっていた。
 その一方、成層圏突然昇温の影響は、低緯度対流圏においても熱帯域の上昇流に伴う下部成層圏の低温化およびその直下での対流活発化の形で現れる可能性があることが、いくつかの先駆的な研究によって示されてきた(図1)。今回の南極成層圏突然昇温においても、ちょうど同時期に熱帯域の対流活動が活発化する様子が観測された。しかし熱帯域対流圏内の対流活動に伴う上昇流は成層圏で生じる上昇流と比べて非常に大きく、独自に変動していることがほとんどであると考えられており、また、観測データや通常の数値シミュレーション結果の解析からでは、成層圏の変化が本当に対流圏の変化を引き起こしているのかを検証するのは困難であった。

 

 研究グループは2019年の南極成層圏突然昇温が熱帯対流圏へ影響を与えていたかどうかを確認すべく、数値実験を行い調査を行った。僅かに異なる初期値から多数の予測シミュレーションを行うアンサンブル予測実験を、成層圏の状態が現実と同じになるように拘束を加えた(実際の状態に近づくようシミュレーションを随時修正した)場合と加えなかった場合の2つの条件で行い(図2)、それらを比較することで成層圏突然昇温の熱帯対流圏への影響を統計的に評価した。その結果、熱帯域の北半球側においては対流活動に伴う上昇流が、また南半球側においてはそれと対応して下降流が、強化されていたことが明らかになった。これは、成層圏のブリューワー・ドブソン循環の強化によって、(この時期に上昇流のピークが北半球側に存在する)対流圏のハドレー循環(*注3)の強化が引き起こされたことを意味している。対流活動の活発化は、特に、日本に上陸する台風の発生域であるフィリピン海・南シナ海およびインドシナ半島等のアジアモンスーン域の南側で顕著であり、成層圏突然昇温に伴う熱帯下部成層圏の温度低下が大気の不安定化を引き起こし、気候学的にも活発なこの領域の積雲をより強く立たせていたことがわかった。今回の研究成果は熱帯域の対流活動の活発化と成層圏突然昇温の発生が確かに結びついていることを実証したこととなる。これは、台風発生等に関わる熱帯域の季節予測の精度を向上させていくにあたって、成層圏の現象の再現性を上げることも重要となってくることを示唆する。2019年の秋は、台風15号や19号等の大型台風が日本列島を直撃し甚大な被害をもたらしたことは記憶に新しいが、遠く離れた南極における成層圏突然昇温と、活発な台風発生環境とが、無関係ではないかもしれないとしている。

 

 季節予測のように多数のアンサンブルで長期間の予測を行う際には、計算コストを抑えるために雲の振る舞いを半経験的にモデル化した「積雲パラメタリゼーションスキーム」を用いることが一般的である。今回の研究では異なるパラメタリゼーションスキームを用いた場合でも、熱帯域の対流活動が概ね活発化し、成層圏突然昇温の影響が確かであることも示した。しかし対流強化のタイミング・大きさ等の影響の詳細には、パラメタリゼーションに依存した不確実性が存在することも明らかになった。今後の課題としては、このような不確実性を軽減し、成層圏突然昇温の熱帯対流圏への影響をより正確に予測できるようにするよう、本研究と同様のアンサンブル予測実験を全球雲システム解像大気モデルNICAM等の対流雲を直接表現できる数値モデルで実施し、この過程に関してより精密な理解を得ることであるとしている。

 

*注1 冬季の極域成層圏において、わずか数日で数十度以上温度が上昇する現象。冬季の成層圏では強い西風が極を周回しており、地球上で最も大きな渦である成層圏周極渦が形成されている。この成層圏周極渦は、対流圏から鉛直伝播してくる惑星規模の大気波動によって大きく変形し、時には崩壊することがある。この時に生じる大規模な極向きの流れ(すなわちブリューワー・ドブソン循環の急速な強化)により、極域成層圏においては空気が圧縮され、温度が急激に上昇するため、この現象は成層圏突然昇温と呼ばれる。

 

*注2 成層圏において、赤道域で上昇し、南北両半球の極域へと広がり、そこで下降する大規模な大気の循環。大気中を伝播する波動によって駆動される。水蒸気やオゾンの観測から、ブリューワー(A.W. Brewer)とドブソン(G.M.B. Dobson)が初めにその存在を推察したことから、この名称が使われる。

 

*注3 対流圏の低緯度域において、暖かい赤道域で上昇し、緯度30度付近で下降する大規模な大気の循環。太陽からの放射加熱によって駆動される。この循環の概ねの機構は、ハドレー(G. Hadley)により提案されたことから、この名称が使われる。

 

 

図1 本研究により実証した過程の模式図。

 

 

図2 中部成層圏(高度約30 km)における南極域(南緯70度以南)で平均した温度の時系列。黒線が実際の時間発展を示し、8月下旬から9月中旬にかけて成層圏温度が急激に上昇(50 K以上)していることがわかる。縦点線で示した予測開始日(8月10日)より、それぞれ51メンバーずつのアンサンブル予測を行い、緑線が通常の予測、紫線が成層圏の状態を拘束(実際の状態に近づくようシミュレーションを随時修正)した予測を示す。各色の太線はアンサンブル平均を表す。この開始日からでは成層圏突然昇温の発生を確実に予測するのは困難であり、ほとんどの緑線は黒線を追えていない。