9月21日

 

 

 JAXA 宇宙科学研究所研究員(国際トップヤングフェロー)のRyan Lau氏を中心とする研究グループは16日、すばる望遠鏡をはじめとする世界中の最大級の望遠鏡を用いた約 20 年間に及ぶ中間赤外線撮像観測データを用いて、終焉期の大質量星を含む連星系 (WR112)(ウォルフ・ライエ星(*注1)を含む)で、新たに作られた塵が渦巻いて拡散する様子を捉えることに成功したと発表した(図1)。また観測データの詳細な観測により、この天体は1年間あたり地球質量に相当する大規模な質量の塵を、銀河内星間空間に供給していることがわかった。この研究成果は現在の宇宙だけでなく遠方銀河または初期宇宙における塵の起源を考える上で、ウォルフ・ライエ連星系が重要な役割を持つ可能性があるとしている。

 

 大質量連星系は、超新星爆発とともに、初期宇宙をはじめ宇宙における塵の供給源として重要であると考えられているが、塵の形成・放出の詳細や実際の放出量については未解明の課題が多く残されている。WR112 は、大質量星の進化の終焉期に相当し活発な質量放出を行うウォルフ・ライエ (Wolf-Rayet) 星と主系列の大質量星から構成される連星系であり、赤経約18度、赤緯約-18度に位置する。2つの星からの秒速1,000kmにも達する恒星風がぶつかる領域で塵が作られていると考えられている。

 

 塵の形成メカニズムについて考えてみると、そもそも塵の形成は、多くの場合は終焉期を迎える中小質量星の穏やかな恒星風の中で起こるものであり、強い恒星風が吹き荒れ星からの強い放射にさらされる大質量星周辺ではあまり起こらないものだと考えられている。ところが、連星系を成す二つの大質量星の恒星風がぶつかり合うところでは、衝撃波によって加熱されたガスから X 線が放たれるようになると同時に、片方の星からの恒星風が 40%もの炭素を含むようになる結果、大量の炭素を含むエアロゾル粒子が作られるのである。この塵の形成過程は、まさに WR112 で起こっているものである。このようなウォルフ・ライエ連星系による塵形成は他の系でも見られる。同じくウォルフ・ライエ星を含む連星 WR104(地球からいて座の方向約7,500光年の位置にある連星系)では「風車」に似た大変美しい塵の構造が見られ、それは中心部の連星系の軌道運動を反映している

 

 研究チームは、WR112で起こっている塵形成の構造を確かめるべく長い間観測を行ってきており、今回2019年10月にすばる望遠鏡の中間赤外線観測装置 COMICS で取得された WR 112の画像を解析し、過去の観測結果と照らし合わせて考察を行った。その結果、塵の渦巻き状の構造が我々の視線方向に向かって20年周期で回転しているとことを確かめることに成功した。研究チームの主著者であるRyan Lau氏は「私たちは、2017年に WR112 の観測結果を発表しており、その際に観測された塵の雲は動いては見えないと思ってたので、それをすばる望遠鏡 COMICS の観測で確かめようと考えていました。ところが大変驚いたことに、すばる望遠鏡で取得された WR112 の画像に映った塵の雲は、我々が2016年に VLT で取得したものから明らかに動いていたのです。私は大変困惑し、驚きと興奮のあまり観測後しばらく眠れませんでした。そして画像を何度も見比べているうちに、ようやく渦巻きが我々に向かってきているのだと気がついたのです。(図2)」とコメントしている。

 

 さらに研究チームはWR112連星系においてどのくらいの量の塵を星間空間に供給しているのかを見積もった。その結果、WR112 が生み出す塵の質量は、1年に太陽質量の約 30 万分の1にもなり、ほぼ地球1個分の質量に相当することがわかった。この塵の放出量は、20 年という比較的長い連星周期を持つウォルフ・ライエ連星系にしてはこれまでに例がないほど高い値であるとしている。これまで、この規模の塵の形成を起こすのは、WR104(軌道周期 220 日) のように比較的短い軌道周期を持つウォルフ・ライエ連星系であると考えられていた。今回の観測結果からは、効率的に塵を生み出すウォルフ・ライエ連星系にも多様性があり、現在の宇宙だけでなく遠方銀河または初期宇宙における塵の起源を考える上で、ウォルフ・ライエ連星系が重要な役割を持つ可能性があるとしている。

 

 今後は東京大学アタカマ天文台 (TAO) の中間赤外線観測装置 MIMIZUKU を用いた継続的な中間赤外線撮像観測によって、ウォルフ・ライエ連星系による塵の形成過程に対するさらなる研究の進展が期待される。また今回の研究結果は、すばる望遠鏡をはじめとする現在の最大級 (口径 8-10 m 級) の望遠鏡によって初めて得られたものであり、さらに 30 m 級の地上望遠鏡や、まもなく打ち上げが予定される James Webb Space Telescope を用いた次世代の天文学への重要なステップになるとしている。

 

* 注1 太陽の20倍以上も重い星が進化した段階にあるものであり、太陽の数百万倍も明るい。大質量星のなかでも特に質量の大きなものが進化し、水素の豊富な外層を失った段階に相当すると考えられている。このため、表面には内部の核融合 (ヘリウムの反応) で合成された炭素などの組成が際立って高くなる。通常の星から放出される物質の主成分は水素とヘリウムであるが、ウォルフ・ライエ星では炭素などが主成分となり、そこから豊富な塵が形成される。

 

 

図1 ( C ) Lau et al.

Gemini-North, Gemini-South, Keck, VLT そしてすばる望遠鏡によって、2001年から2019年にかけてとらえられたウォルフ・ライエ星を含む大質量連星系 WR 112 の7枚の中間赤外線画像。各図中の白線は 6800 天文単位の距離に相当する。

 

 

図2 ( C ) Lau et al.

WR 112 星雲を正面から見たときのモデル (左) と実際に観測される方向から見た様子(右)。図中の点線は、中心部の連星系の軌道を示している。ただし、連星間の距離と個々の星のサイズは正しいスケールで表示されていない。