11月7日

 

 

 東京大学情報基盤センターの飯野孝浩特任准教授らの研究グループは10月22日、2016年に行われたアルマ望遠鏡による観測から得られた「海王星」の大気に含まれる有毒ガスの一種であるシアン化水素(*注1)のデータを解析した結果、シアン化水素が赤道上の成層圏に帯状に分布していることを世界で初めて明らかにしたと発表した(図1)。これまでにシアン化水素が成層圏に存在すること自体は過去の観測から知られていた。研究チームは、シアン化水素の濃度が高いところに向かって大気の流れがあると考えており、海王星の南半球では、南緯60度付近で上昇し、赤道と南極で下降する大気の流れ(循環)が存在する可能性が高いとみている。本研究では、太陽系最遠方の惑星においても、最先端の地上望遠鏡と解析技術を組み合わせ、大気に微量に含まれる成分を詳細に観測することで、その大気環境の解明が可能であることを示すことができたことにも意義がある。また今回の観測方法は、探査機と異なり、地上からの継続的な観測も可能である。今後は同様の観測手法を他の惑星にも広げるとともに、継続観測により短期的・長期的な変化をとらえ、太陽活動や惑星の季節と連動した大気活動のメカニズムを明らかにしていく研究にも取り組んでいくとしている。

 

 海王星は太陽系で最も外側を回る惑星であり、「ガス惑星」と呼ばれる仲間である木星、土星、天王星と同様に、水素とヘリウムを主成分とする大気を持つ。しかし海王星は他のガス惑星と異なり、成層圏上部にシアン化水素というガスが多く存在していることがこれまでにわかっていた。低高度にある対流圏と、その上にある成層圏に挟まれた領域である「対流圏界面」付近の気温はマイナス200度と非常に低いため、ほとんどのガスは気体から液体に変化する。そのため、シアン化水素のような凝結しやすいガスは、成層圏に上昇することはできない。成層圏上部になぜシアン化水素が偏在しているのか、その仕組みは、太陽系天文学上の大きな謎であった。

 

 研究グループはシアン化水素が成層圏上部に偏在する謎を解き明かすべく、アルマ望遠鏡を用い、海王星の成層圏におけるガス状のシアン化水素の分布を詳細に観測することとした。2016年に実際に観測が行われ、データを解析した結果、シアン化水素の濃度は赤道付近で最も高く(約1.7 ppb、1ppbは大気分子10億個に対してシアン化水素分子が1個存在するという意味)、南緯60度付近で最も低い(約1.2 ppb)ことがわかった。この観測結果は、シアン化水素の濃度が海王星上で緯度により異なっていることを世界で初めて明らかにしたものである。

 

 研究チームは、シアン化水素の濃度が海王星上の緯度によって異なっている理由について、大気の大きな流れが関係していると指摘している。一般的に大気中の微量分子は、大気の大きな流れ(大循環)の影響を受けて、惑星上で非一様な空間分布となることがある。研究グループは、発見されたシアン化水素の分布を実現するメカニズムを考える際、地球の成層圏で同じように非一様に存在する分子であるオゾンの分布と大気の流れを参考にした。地球の成層圏オゾンは高緯度でより多いという特徴をもつ。これは、オゾンが生成される成層圏では、低緯度から高緯度へと向かう大気の流れがあるためである。同様に、海王星のシアン化水素の濃淡にも、成層圏の大気の流れが反映されていると研究グループは考えた。すなわちシアン化水素が最も少なかった中緯度付近で上昇流が生じ、シアン化水素のもととなる窒素分子が成層圏に運ばれる。運ばれた窒素分子は、成層圏での化学反応によりシアン化水素を生成しながら、赤道と南極に運ばれていくというもの(図2)である。このように、巨大な大気の流れ「大気大循環」が海王星に存在し、これにより成層圏のシアン化水素が形成されているという可能性が、本研究で強く示唆された。

 

今回の研究成果は、地上大型望遠鏡を用いることで、海王星のような遠方の惑星に含まれる微量な分子ガスであっても、詳細な観測が可能であることを示した。この成果をさらに発展させ、シアン化水素以外の多様な分子の分布を観測することで、大気の運動や化学について新たな知見を得ることが可能となる。研究チームは、同様の観測は他の天体でも可能であると考えており、観測対象を広げていく予定である。また今回の観測方法は、探査機と異なり、地上からの観測を継続的に行うことが可能であることが大きなメリットである。そのため、短期的・長期的な変化をとらえ、太陽活動や惑星の季節と連動した大気活動のメカニズムを明らかにしていくことも可能かもしれない。

 

*注1 気体では青酸とも呼ばれる。化学式はHCN。猛毒であり、強い呼吸障害を引き起こす。第二次世界大戦では化学兵器として製造された。電波天文学においては頻繁に観測が行われる分子であり、惑星の大気においては、他に木星で検出がなされている。

 

 

図1 (左) ( C ) NASA/JPL

ボイジャー2号が1989年に撮影した海王星の画像。活発な大気の運動に伴う複雑な雲などの構造が観察できる。

(右) ( C ) 東京大学、All rights reserved.

本研究で得られた、海王星におけるシアン化水素の分布。赤道上で濃度が高く、南緯60度を中心にして低いことがはっきりと示されている。

 

 

図2 ( C )東京大学/NASA/JPL

本研究が示唆した、海王星の大気大循環とシアン化水素の生成メカニズム。大気大循環モデルを用いることで、シアン化水素が成層圏で濃淡を作り出す理由を説明することが可能になる。