11月28日

 

 

 広島大学の岡部准教授を中心とする研究グループは26日、くじら座方向約40億光年の距離にある銀河団(HSC J023336-053022 (XLSSC 105))を可視光、X線、電波を含む多波長観測によって観測した結果、銀河団の大衝突によって周囲のガスが4億度もの超高温に加熱されている様子が明らかになったと発表した。銀河団には宇宙の構造形成に関わる暗黒物質(ダークマター)が存在しており、ダークマターの衝突・合体の様子を捉えたことになると同時に、ダークマターの衝突・合体による周囲のガス温度・密度構造を明らかにする上で重要な成果である。

 

 銀河団には、何百、何千個もの銀河と共に、高温の銀河団ガスとダークマターが存在する。この数千万度の高温ガスは、銀河団同士の大規模な衝突に伴って加熱され、数億度の超高温ガスになることが理論的な計算から予想されていたが、そのような超高温ガスを実際に観測することは、最先端の X線望遠鏡をもってしても困難であった。そこで研究チームは、すばる望遠鏡(HSC-SSP)(*注1) 、XMM-ニュートン X線天文学衛星(XXL)(*注2) 、グリーンバンク電波望遠鏡 (GBT)(*注3) を用いてくじら座方向約40億光年にある衝突を起こしている銀河団 HSC J023336-053022 (XLSSC 105) を、可視光、X線、電波の波長で詳細に調べることとした。

 

 観測の結果、図1のようなダークマター分布図を描くことに成功した。図1の背景は、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ Hyper Suprime-Cam(HSC)で得られた可視光の画像で、オレンジ色の銀河が多数写っている。銀河の形はダークマターの重力による重力レンズ効果によってわずかに歪むため、遠い銀河の形状を精密に測定することによってダークマターの分布 (青色) が得られる。またHSC J023336-053022 のダークマターは、2つの塊に分かれていて、銀河団のなかで大きな衝突が起こっていることがわかる。銀河もこの2つのダークマターの塊に集中して分布している。一般的にはダークマター同士の衝突が、銀河団のような宇宙の構造形成に関わっていると考えられていたが、今回の観測結果は、まさにそのことを証明した。

 

 一方、XMM-ニュートンによる X線の観測では、高温の密集した銀河団ガスの様子を捉えた。(図1の緑色)。GBT電波望遠鏡の観測からは、X線が捉えた高温のガスと、X線では見えない超高温の希薄なガスの両方を調べることができる(図1の赤色)(*注4)。GBTとXMM-ニュートンのデータを合わせることによって、研究チームは超高温ガスの空間分布を調べることに成功した。そして上記のダークマター分布図と合わせて考えて、銀河団の衝突よって約4千万度の高温ガスが、4億度もの超高温ガスにまで加熱されていることを明らかにした。これは図1で、2つのダークマター周辺にあるガスの色が緑色から赤色に色合いを変えながら変化している様子で示されている。銀河団の衝突により膨大なエネルギーが放出される様子が明らかになったといえる。

 

 銀河団の超高温ガスは X線でも捉えることが難しいが、研究チームはGBTに搭載された最新の受信機 MUSTANG-2 による観測を X線観測のデータと組み合わせることによって、宇宙の構造形成の躍動的な姿を捉えた。電波と X線の観測が銀河団ガスの物理状態を明らかにする一方で、可視光で観測される銀河の分布からは、銀河団の衝突の様子がわかる。岡部准教授は「広視野で高感度の HSC-SSP は、衝突を起こしている稀な銀河団を見つけるのに最適です。HSC-SSP が見つけた銀河団に対して X線と電波の追観測を行い、重力レンズ効果で測定された質量と比較することによって、宇宙の構造形成をより詳細に理解したいと考えています」と、今後の抱負についてコメントしている。

 

*注1 HSC-SSP は、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ「ハイパー・シュプリーム・カム (HSC) 」を使った大規模な戦略枠観測プログラム。HSC-SSP には、日本、台湾、プリンストン大学の研究者が参加している。

 

*注2 XXL は、国際的な大規模探査観測プロジェクトである。欧州宇宙機構の X線天文学衛星 XMM-ニュートンを用いて2つの 25 平方度の領域が観測されている。

 

*注3 グリーンバンク望遠鏡は、米国科学財団(NSF)が所有し、米国北東部大学連合(AUI)が運営する、口径 100 メートルの電波望遠鏡である。本研究では、MUSTANG-2 受信機が使用されている。

*注4 宇宙マイクロ波背景放射が銀河団ガスを通り抜ける時に起こる「スニヤエフ・ゼルドビッチ効果」を利用して、電波で超高温ガスの存在を捉えている。

 

 

図1 ( C ) GBT/NSF/NAOJ/HSC-SSP/ESA/XMM-Newton/XXL survey consortium

銀河団HSC J023336-053022(XLSSC 105)の合成画像。背景はすばる望遠鏡Hyper Suprime-Camの画像、その上に重ねられている青色はダークマター、緑色はXMM-NetwonX線衛星で観測された高温ガス、赤色はグリーンバンク望遠鏡MUSTANG-2の電波観測から得られた超高温・高圧のガスを示している。HSC J023336-053022 は、私たちからくじら座方向約40億光年の距離にある。