1月9日

 

 

 スコットランド・エジンバラ大学のFrederika Phipps氏、Sadegh Khochfar氏、東京大学のアンナ・リサ・ヴァッリ氏、スペイン・ラグーナ大学のClaudio Dalla Vecchia氏らの研究グループは2020年7月、「赤方偏移6(*注1)における球状星団を形成する候補天体を天体シミュレーションから見出した」というタイトルの論文を発表した。星とガスからなるバリオン(*注2)が、バリオンとダークマターを含む質量に対する割合が0.95以上となるグループが、球状星団を形成する候補天体であるとしている。この成果は球状星団の形成過程、さらには球状星団を構成する銀河の形成過程を解明する上で重要な成果である。

 

 球状星団は数十万から数百万の星が自己重力で集まった天体であり、我々が住む天の川銀河ではおよそ150個ほど見つかっている。これらの球状星団は主に、天の川銀河の外縁部であるハローと呼ばれる場所に存在し、古くから存在する天体である。古くから存在しているために内部の力学的状態は既に平衡状態(厳密にいうと内部からの熱放射が常に出続けているためにエントロピーは増大しているが、重力エネルギーがあるために星が球状の集団として安定した状態を保っている。)となっており、密度分布、速度分散分布はおおむねガウス分布に従っている。しかし球状星団の形成過程として、どのようなポテンシャルを持ってどのような進化をたどってきたかは未だ多くの謎が残されている。その謎をとく鍵となるものは、天の川銀河のもっと外側における球状星団を発見して解析することである。遠ければ遠い天体ほど、球状星団の初期の状態を確かめることができる。

 

 また球状星団の初期状態を解明することで銀河の性質を解明するだけでなく、宇宙全体の構造理解にもつながる。現代では宇宙の形成モデルとして、ラムダコールドダークマター(ΛCDM)モデルというものが一般的に考えられている。このモデルではダークマターハロー(*注3)で生成されたポテンシャルによってバリオンの重力崩壊が起こるというものである。この現象によってガスが集められ、星の形成、星団の形成、銀河の形成につながるという理論である。

 

 研究チームは球状星団の形成過程を調べるべく、大きな赤方偏移を持つ球状星団の候補天体をコンピュータシミュレーションによって探すこととした。コンピュータシミュレーションでは、FiBYプロジェクトのSUBFINDアルゴリズムと呼ばれる方法を用いて、赤方偏移z=6における宇宙構造を統計シミュレーションで再現することとした。その結果、球状星団の候補天体となる2つのグループを再現することに成功した。1つめのグループはバリオンの割合(星とガスの質量を分子として、分母は星とガス、ダークマターを含む質量)が0.95以上となるグループであり、2つめのグループは星の割合が0.95以上のグループである。2つめのグループは矮小銀河になる可能性が高いとされている。そして研究グループはバリオンの割合が0.95以上となる1つめのグループが、今日観測されている球状星団の性質に近いものであると考えている(図1参照)。今日観測されている球状星団はバリオンの割合が0.95であり、ダークマターが少し含まれていることが、1つめのグループに似ている理由である。今回コンピュータシミュレーションによって発見された球状星団の候補天体は質量が大きく、銀河団においても質量の大きな球状星団が豊富に含まれており、銀河団における銀河同士の衝突が球状星団の質量の大きさに関係しているとしている。さらにシミュレーションの詳細な解析を行った結果、球状星団と銀河同士の質量の関係式が、log(M (cluster) )=(0.31±0.15)log(M (galaxy)+4.17±1.06) (M (cluster)は球状星団の質量であり、M (galaxy)は銀河の質量)で表されると発表した。この関係式は今日観測されている球状星団と天の川銀河のハローにおける質量の関係式とも一致しており、今回の解析結果が球状星団の初期の候補天体を発見したことの裏付けにもなる。

 

 研究チームは今後2つのグループをさらに解析し、球状星団の候補天体となるバリオンが0.95以上となるグループがどのようにしてできたかを調べていくとしている。また赤方偏移z=6よりも前の段階の球状星団の候補天体において、どのようにしてポテンシャルと環境が変わってきたかを調べることによって、球状星団の候補天体の成り立ちを解明していくとしている。

 

*注1 赤方偏移は,光の波長が伸びて観測される現象を指す。宇宙は膨張しているが、宇宙膨張による遠くにある天体からの光は、光が飛んでくる間に空間が伸びることによって波長が伸びて観測される。宇宙論的赤方偏移をzとしたとき、光の波長は(1+z)倍となる。たとえば赤方偏移が1であれば,光が天体を出てわれわれに届くまでに波長が1+1 = 2倍伸びている。標準的な宇宙モデルによると,赤方偏移が1の天体から出た光は,約75億年間飛んでわれわれに達するため,距離は約75億光年となる。

 

*注2 3つのクォークからなるバリオン数を持った素粒子のこと。核子と呼ばれる陽子と中性子、およびラムダ粒子、シグマ粒子、クサイ粒子などがある。字句の意味は質量を持った重い粒子。天文学では(ダークマターではなく)通常の物質を構成する粒子という意味で用いられる。

 

*注3 ダークマターが自己重力で集まった塊のこと。ダークハローあるいは暗黒ハローと呼ぶこともある。バルジ、円盤、ハローとともに銀河の基本構成成分である。ダークマターハローにガスが引きずり込まれて集まり、そのガスから星が生まれ、銀河が誕生すると考えられており、ダークマターハローはいわば銀河を宿す母体である。

 

 

 

図1 ( C ) スコットランド・エジンバラ大学のFrederika Phipps氏、Sadegh Khochfar氏、東京大学のアンナ・リサ・ヴァッリ氏、スペイン・ラグーナ大学のClaudio Dalla Vecchia氏。

 横軸は球状星団の質量(太陽質量で換算)であり、縦軸は球状星団の中心から外側に向かうにつれて、全質量がちょうど半分となる半径を表す。ターコイズ色の四角が実際に観測された天の川銀河の球状星団であり、星マークが球状星団の候補天体として発見されたバリオンが95%以上のグループである。球状星団の候補天体は、ダークマターが欠けているために、実際にはもっとターコイズ色をした四角のようにHalf Mass Radius が小さな値となるはずである。