2月13日

 

 

 パリ天体物理学研究所のEduardo Vitral氏を中心とする研究チームは9日、ハッブル宇宙望遠鏡のデータとGaia(EDR2)のデータを用いて球状星団NGC6397を解析した結果、中心部において恒星質量程度のブラックホールのクラスターが存在する可能性があると発表した。クラスターの質量は1,000~2,000太陽質量(球状星団全体質量の0.8%から2%)であり、球状星団有効半径の2%(6秒角)以内に集中して存在しているとしている。クラスターの質量のうち25%が、ブラックホールの衝突・合体によって星団からの重力エネルギーの開放として逃げていく可能性があり、重力波として観測されることが期待される。

 

 球状星団は数十万から数百万の恒星が自己重力によって集まった天体であり、ハローと呼ばれる天の川銀河の縁のあたりに多く存在し、これまでに150個ほどが観測されている。古くから存在する天体としても知られており、特にNGC6397は地球に最も近い球状星団の一つであり、地球から南天のさそり座の近くにあるさいだん座方向約7,800光年のあたりに位置する。中心部分は非常に密度が濃く、重力崩壊型の星団として知られている。

 

 これまでの研究においてNGC6397では中間質量ブラックホール(太陽質量の1万倍から10万倍ほどの質量)が存在する可能性があると考えられていた。中間質量ブラックホールは銀河中心に存在する大質量ブラックホール(太陽質量の何百万倍)と恒星質量ブラックホール(大きな質量を持つ単独星が重力崩壊してできあがる。質量は太陽質量の数倍。)の間の質量を持つ“ミッシングリンク”として位置づけられており、多くの議論がなされている。

 

 研究チームは実際にNGC6397において中間質量ブラックホールが存在するかどうかを確かめるべく、まずは目に見えない隠された質量があるかどうかを確かめることとした。ブラックホールやわずかな光しか出さない星、目に見える星を含む球状星団の総質量の見積りを行うには、速度分散のデータを使う必要がある。速度分散のデータ取得には、ハッブル宇宙望遠鏡やGaiaデータ(EDR2)における固有運動の情報を用いて計算することとした。もしある特定の場所において目に見えないより多くの質量があれば、その場所では恒星が速く通過するため、速度分散情報は隠された質量を特定することにつながるわけである。実際に速度分散の計算を行った結果、NGC6397における星は、円軌道や、楕円軌道をするよりかは、星団内でランダムに近い運動していることが判明した。これらの軌道の形と速度分散情報から、星団中心に目に見えない質量が存在することが判明した。Eduardo Vitral氏は、「球状星団の中心に、目に見えない質量が密になって存在している強い証拠を得ることに成功した。しかし驚くべきことに、目に見えない質量が点のように存在しているわけではなく、星団の中心から有効半径2%程の場所まで広がっていることがわかった」とコメントしている。

 

 さらに研究チームは目に見えない質量が、白色矮星や中性子星、ブラックホールの残骸によって構成されているという結論に至った。これらの残骸が重力相互作用による「力学的摩擦」(*注1)効果によってエネルギーを失って星団中心付近に沈んでいくと考えられている。研究チームの一人であるGary A.Mamon氏は、「恒星進化理論からすると目に見えない質量はブラックホールの形成過程にあると考えられる」と指摘している。またVitral氏はこのようなブラックホールが恒星質量ブラックホールであり、クラスターを形成していると考えている。

 

 今回の研究成果はNGC6397内の恒星質量ブラックホール同士の衝突・合体が重力波源になりうることを示唆しており、アメリカに設置された電波干渉計LIGOによって重力波が検出されることが期待される。もし重力波が検出されれば、実際にNGC6397にブラックホールが存在することが証明されることにもつながる。

 

*注1 一様な物質分布の中で重たい物体が直線運動をすると、物質はその物体の重力によって散乱される。この状況を物質分布に対する静止系でみると、散乱後に物質は物体の重力によって加速されエネルギーを得ることになる。物体はこの分のエネルギーを失いあたかも摩擦力を受けたように減速する。これを力学摩擦、あるいは力学的摩擦という。直観的には散乱によって物体の後ろにたまった物質と物体が重力で引き合うことによって物体が減速されると考えることができる。

 

 

図1 ( C ) NASA, ESA, and T. Brown and S. Casertano (STScI) Acknowledgement: NASA, ESA, and J. Anderson (STScI)

ハッブル宇宙望遠鏡によって2004年7月から2005年6月にかけて撮影された球状星団NGC6397。水素を使い終えてもうすぐ生涯を終えようとしている青い星と、水素を燃料にしてサイズを大きくしつつある赤色巨星によって構成されている。

 

 

図2 ( C ) ESA/Hubble, N. Bartmann

NGC6397中心部におけるミニブラックホールクラスターの想像図。現実的にはミニブラックホールはサイズが小さいがために、現存する望遠鏡、将来運用予定の望遠鏡では直接撮像でその姿を捉えることはできない。ミニブラックホールは20個以上存在していると考えられている。