3月6日

 

 

 東京工業大学の羽場麻希子助教、国立極地研究所の山口亮准教授、スイス連邦工科大学のYi-Jen Lai(イージェン・ライ)博士らの国際研究チームは2日、約46億年前の太陽系形成時におけるニオブ92(92Nb)(以下元素記号前の数字は左上付数字)の存在度(安定同位体93Nbに対する割合)を高精度に決定したと発表した。これによって地球外物質のより精度の良い年代測定が可能になったとしている。また太陽系の92Nbを生成した元素合成に関して、2つのタイプの超新星爆発が関与したことが明らかになった。

 

 太陽系は今から約46億年前にガスや塵からなる分子雲から誕生した。その後の約1億年の間に、惑星物質は衝突・破壊・合体を繰り返し、微惑星、原始惑星への成長を経て、地球の形成に至ったと考えられている。このような惑星物質のダイナミックな進化が起こった初期太陽系は太陽系の成り立ちを理解するうえで最も重要な時期であると言える。火星と木星軌道の間の小惑星帯には、惑星に成長できなかった微惑星や原始惑星が生き残っており、その多くが形成時の状態を保持している。近年では小惑星帯からの隕石中に含まれる消滅核種と呼ばれる放射性核種の分析により、太陽系誕生以前の元素合成の段階を確かめることができるようになった。

 

 消滅核種は半減期10万年~1億年の放射性核種であり、太陽系形成初期に存在していた核種のことを言う。消滅核種は現在の太陽系には存在しないが、消滅核種が壊変してできた娘核種を検出することで、隕石形成時における存在度を見積ることが可能である。消滅核種の1つである質量数92のニオブ(92Nb)は半減期3700万年で安定核種である質量数92のジルコニウム(92Zr)へ壊変する。92Nbは超新星爆発の際に起こるp過程(*注1)によって生成される。そのため、太陽系形成時における92Nbの存在度を決定することができれば、92Nbの元素合成モデルと併せることで、92Nbを生成した最後の超新星爆発から太陽系形成までの期間を見積もることが可能になる(図1)。また、ある隕石中の92Nbの存在度を見積もることで、その隕石母天体である微惑星や原始惑星の形成年代を導くことが可能になる。92Nb初生存在度を決定するためには、まず隕石の形成年代と形成時における92Nb存在度を実際の隕石を分析して求める必要がある。これらの値と92Nbの半減期を用いて、計算から92Nb初生存在度を導く。より精度の良い92Nb初生存在度を得るためには、初期太陽系において92Nbを多量に取り込んだ鉱物を特定し、分析することが重要になる。隕石構成鉱物の中で、この条件に合致するのがチタン鉱物のルチル(TiO2)(金紅石とも呼ばれる)である。しかし、隕石中のルチルは直径が0.1 mm以下と非常に小さく、ごくわずかにしか存在しないため、従来の研究では分析が困難とされてきた。

 

 今回研究チームは精度の良い92Nb初生存在度を確かめるべく、ルチルがわずかに存在するメソシデライトという隕石に注目し、解析することとした。メソシデライト隕石は小惑星ベスタ(*注2)における45.25億年前の大規模衝突によって中心の金属核と表層の岩石が混合し形成したと考えられている。メソシデライト隕石中のルチルの鉱物学的特徴および化学組成から、これらのルチルは小惑星ベスタにおける大規模衝突の際に形成し、Nbを多量に取り込んだことが明らかになっている。従って、メソシデライト隕石のルチルには92Nb由来の92Zrの大きな過剰が記録されているはずであり、ルチル形成時における92Nb存在度を精度良く決定することが可能である。そこで研究チームはメソシデライト隕石から効率良くルチルを分離する手法を確立し、回収したルチルのNb/Zr比およびZr同位体比を分析した(図2)。その結果、分析した4種類のメソシデライト隕石(*注3)のルチルで、Nb/Zr比に応じた92Zrの過剰が検出された。これらの92Zrの過剰はルチルが形成時に92Nbを取り込んだことを示している。また、図2でルチルのデータが一直線上に並ぶことは、分析したメソシデライト隕石のルチルが同じタイミング、つまり小惑星ベスタでの大規模衝突の際に形成したことを示している。これらの結果から、45.25億年前の92Nb存在度を得ることができたため、計算により92Nb初生存在度を決定することが可能になった。その値は92Nb/93Nb = (1.66 ± 0.10) × 10(-5乗)であり、従来の見積もりと比べ、精度が6倍も向上した。92Nb初生存在度が高精度に決定されたことにより、まず92Nb–92Zr年代測定法が利用可能となる。この年代測定法は初期太陽系の微惑星や原始惑星の進化に対して高精度の年代軸を与えることが期待される。

 

 また研究チームは92Nb初生存在度とIa型超新星爆発(*注4)における92Nbの元素合成モデルの比較から、最後の超新星爆発から太陽系誕生までの期間を見積もった。その結果、92Nbから見積もられた期間は540万年以下であり、p過程で生成されるもう一つの消滅核種サマリウム146(146Sm)から見積もられた期間より圧倒的に短いことが判明した。この原因は、146SmがIa型超新星爆発で生成されたのに対し、92NbはIa型超新星爆発に加え、Ⅱ型超新星爆発(*注5)でも生成されたためであるとしている。p過程に関しては、質量数100あたりの核種を境に、超新星爆発での元素合成メカニズムが異なることが理論計算から指摘されていた。今回、92Nb初生存在度を高精度に決定することで、隕石の研究から太陽系形成以前のp過程元素合成に対し強い制約を与えることに成功した。

 

 研究チームは今後、92Nb–92Zr年代測定法を各種隕石や探査機による回収試料に適応し、初期太陽系の惑星物質の進化に対して精度の良いタイムスケールを提供することを試みる予定である。また理論計算による元素合成モデルの進展とともに、p過程元素合成に関する理解が進むことが期待される。

 

*注1 鉄より重い元素を生成する元素合成の一種。陽子過剰の核種を生成するプロセスであり、超新星爆発の際に起こると考えられている。

 

*注2 木星と火星軌道に散らばる小惑星帯に存在し、平均直径が525kmである小惑星。小惑星帯では準惑星ケレス(平均直径950km)の次に大きく、地殻・マントル・金属コアの層構造を持つ地球型天体である。

 

*注3 本研究に使用した隕石は、Vaca Muerta, NWA 1242, Estherville, Asuka (A) -882023である。Vaca Muertaはチリ、NWA 1242はアフリカ北部の砂漠地帯、Esthervilleはアメリカで採集された。A-882023は、第29次南極地域観測隊により採集された隕石である。

 

*注4 白色矮星と伴星との連星系において、白色矮星の暴走的な核融合反応によって起こる超新星爆発。

 

*注5 太陽の8倍以上の質量を持つ大質量星において、鉄の中心核が重力崩壊を起こし、生じた衝撃波により星外層が吹き飛ばされることで起こる超新星爆発。

 

 

図1 ( C ) 国立極地研究所

消滅核種92Nbの太陽系形成前後における存在度の変化。92Nbは最後の超新星爆発の後、放射壊変により半減期に応じて一定の割合で減少する。

 

 

図2 ( C ) 国立極地研究所

メソシデライト隕石のルチルで観測された消滅核種92Nbの痕跡。現在のルチルには92Nb由来の92Zrが蓄積されている。本研究では、メソシデライト隕石の微小鉱物ジルコンについても同様の分析を行った。ジルコンはNbをほとんど取り込まないため、形成した当時の92Zr/90Zr比を保持している。