4月3日

 

 

 国立天文台のシン・ルー特任研究員らの研究チームは3月29日、天の川銀河の中心部で1000光年ほどの範囲に広がる「銀河中心分子雲帯」(CMZ領域)において、アルマ望遠鏡で分子雲からのジェットを観測することによって、隠れた多数の赤ちゃん星(原始星)を発見したと発表した。従来の研究では、この領域は潮汐力や磁場、高エネルギー粒子、頻繁な超新星爆発などの影響を強く受けるために星の誕生には適さない環境だと考えられていた。今回多数の原始星が発見されたことは、星の形成の基本的物理過程は研究者がこれまで考えていたよりも周囲の環境に影響されにくいことを示している。今回の成果は、高密度な分子ガス雲の奥深くに隠れた星形成活動がありふれたものであることを示しており、天の川銀河の中心領域で今後激しい星形成活動が起きる可能性を示唆しているとしている。

 

 星は宇宙に浮かぶガス雲が重力で収縮することによって誕生する。ところが重力による収縮過程が何らかの理由で妨げられると、星の形成が抑制される。特に天の川銀河の中心から1000光年ほどの範囲に広がる「銀河中心分子雲帯」では、重力に対抗する効果がいくつも存在する。ガスが激しい乱流状態になっていてガスが重力で集まりにくくなることや、強い磁場が磁気圧によってガス雲を支えるために、重力による収縮が妨げられることが例としてあげられる。実際に銀河中心分子雲帯では、例外的に活発な星形成を起こしている「いて座B2」領域を除いて、銀河の一般的な領域に比べて星形成の効率がずっと低いことが知られていた。

 

 研究チームは銀河中心分子雲帯の抑制された星形成活動の実態を探るために、アルマ望遠鏡を使った観測を行うこととした。観測した領域には大量のガスが含まれているが、これまでの研究からは星形成活動が起きていないと考えられていた。ところが実際にアルマ望遠鏡による観測を行った結果、800を超える高密度ガス塊が発見された。ここで高密度ガス塊が実際に「星の卵」に相当するのかどうかという疑問が生じた。高密度ガス塊が星形成の母体となる天体かどうかを探るひとつの方法は、その中に実際に星が誕生している証拠を見つけることである。研究チームその証拠を見つけるべく、原始星から噴き出すガス流(アウトフロー)に着目した。そして研究チームはアウトフローを見つけるべく、アルマ望遠鏡による複数の分子輝線の観測(SiO、SO、CH3OH、H2CO、HC3N、HNCO(数字は全て右下付き数字))によって銀河中心分子雲帯を観測した結果、小さく暗いアウトフローを43天体検出することに成功した。アウトフローの質量は1太陽質量から数十太陽質量の範囲内である。この結果は星の誕生に適さないと考えられた領域に、まさに生まれたての星がたくさん隠れていたことを示している。ルー氏は「これは、不毛だと思っていた場所で赤ちゃんの泣き声が聞こえてきたようなものです。周囲が騒がしすぎたり不安定だったりする場所では、赤ちゃんが生まれたり健康に育ったりすることが難しくなります。しかし私たちの観測から、天の川銀河中心の非常にかき乱された領域でも星がたくましく生まれてくるということがわかりました。」とコメントしている

 

 銀河中心分子雲帯においてアウトフローが検出されたことは大きな成果であるが、800個もの高密度分子ガス塊がある領域でアウトフローが43個しか見つからなかったことは、新たな課題となった。赤ちゃん星の形成率が低い理由として、銀河中心分子雲帯での星形成活動が非常に初期の段階であるということが考えられるとしている。ルー氏は、「未発見のアウトフローがまだたくさん隠れている可能性がありますが、もしかしたら私たちは次の大きな「星のベビーブーム」の始まりを見ているのかもしれません。」とコメントしている。研究チームの一員である犬塚修一郎名古屋大学教授は「従来の観測では、銀河中心領域の巨大分子雲での星形成率は10パーセント程度に抑えられていると考えられてきましたが、今回の観測結果は、高密度分子ガス雲に隠れた星形成の基礎プロセスは太陽近傍での星形成プロセスと大きく異なるものではない、ということを示しています。すでに星が生まれているガス塊とまだ星のないガス塊の数の比率は、太陽近傍での比率の数分の一にすぎません。この違いは、それぞれの段階を過ごす滞在時間の長さの比率だと考えられます。つまり、銀河中心領域では「星のないガス塊」として過ごす時間が太陽近傍よりやや長いことが想定されます。なぜそのようになっているのか、というのは今後の研究課題です。」とコメントしている。

 

 研究チームは現在、より高解像度の銀河中心分子雲帯の観測をアルマ望遠鏡で行い、そのデータを解析しているところである。これによって、アウトフローを駆動する原始星を取り巻くガス円盤の性質を調べることを目標としている。他の星形成領域の観測結果と比較することで、銀河中心分子雲帯における分子ガス雲から原始星に至るまでの進化過程や、化学状態から磁場に至るまで様々な環境をよりよく理解したいとのことだ。

 

 

( C ) ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Lu et al

アルマ望遠鏡が観測した、銀河中心分子雲帯の3領域における多数の原始星とそこから噴き出す高速ガス流(アウトフロー)。地球に近づく方向に動くアウトフローを青色、遠ざかる方向に動くアウトフローを赤色、原始星周辺に分布する塵の分布を黄色で合成している。細長く伸びる赤色や青色のアウトフローの根元に、個々の原始星が位置している。