4月24日

 

 

 ニールス・ボーア研究所(デンマーク)の藤本征史氏を中心とする国際研究チームは22日、重力レンズ効果(*注1)を受けた銀河をアルマ望遠鏡によって解析した結果、ビッグバン後9億年の宇宙に天の川銀河の1/100の質量しかない光の暗くて小さな銀河を発見したと発表した。研究チームはアルマ望遠鏡を使った大規模掃天観測計画(ALCS)により33個の銀河団を観測しており、うさぎ座の方向にあるRXCJ0600-2007と呼ばれる銀河団(太陽の1000兆個倍の質量を持つ)の中においてこの銀河を発見した。さらにこの銀河が回転によって支えられていることがわかった。これほど若い時代の宇宙で、小さな銀河が回転に支えられていることが分かったのは今回が初めてである。これまでは若い時代の宇宙における小さな銀河内のガスはランダムな運動が卓越し、回転成分はないと考えられていた。そのため今回の研究成果は従来の初期宇宙における銀河形成理論モデルの再考が迫られる重要な成果である。2021年秋に打ち上げ予定のジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡でもRXCJ0600-2007が観測対象となっており、更なる初期銀河における星の描像が詳細に描かれることが期待されるとしている。

 

 宇宙は138億年前に「ビッグバン」によって誕生し、その数億年後に最初の小さな銀河が作られ始めたと考えられている。銀河の中では多くの星が生まれ、また銀河同士の衝突を経て成長してきた。ところが小さな銀河には星もガスも少なくて暗いため、従来の観測では調べることが困難であった。これまでにも宇宙誕生から十数億年後の銀河が観測されていたが、大きく明るい銀河の観測が主であった。しかし、大きな銀河は宇宙初期の銀河の一般的な姿とはいいがたく、より暗くて数の多い一般的な銀河の姿を明らかにすることが、宇宙初期の銀河進化の全体像をつかむ上では欠かせなかった。

 

 こうした暗い銀河を発見すべく、研究チームはアルマ望遠鏡を使って重力レンズ効果によって拡大された宇宙初期の銀河を多数探し出す大規模掃天観測計画(ALMA Lensing Cluster Survey: ALCS)を実行した。研究チームは、アルマ望遠鏡の観測として非常に長い95時間を観測に投じる大規模観測プログラムを実行し、重力レンズを引き起こす銀河団33個の中心領域をくまなく観測した。このうち、うさぎ座の方向にあるRXCJ0600-2007と呼ばれる銀河団は、太陽の1000兆個倍の質量を持つ。研究チームはこの巨大銀河団が作る重力レンズ効果を受けた、ひとつの遠方銀河を発見することに成功した。アルマ望遠鏡はこの遠方銀河が放つ塵(ちり)および炭素イオンの光を検出した。ジェミニ望遠鏡による観測データとあわせることで、この光が129億年前にこの銀河から発せられたものであることが判明した。

 

 さらにアルマ望遠鏡による観測データからは、RXCJ0600-z6と名付けられたこの銀河の像は、重力レンズ効果によって3つ以上に分かれていることが明らかになった(図1)。さらにデータを詳しく分析すると、この銀河が、重力レンズの増光率が最大となる場所(臨界線)をまたいでいることがわかった。このため、RXCJ0600-z6のある場所は重力レンズによって約160倍も拡大されたことになる。重力レンズ効果を生み出している手前の銀河団の質量分布を精密に計測することで、重力レンズ効果をもとに戻し、拡大された天体のもとの姿を復元することも可能である。研究チームは、銀河団を撮影したハッブル宇宙望遠鏡の画像と欧州南天天文台の巨大望遠鏡VLTの分光データ、さらに重力レンズ効果を精緻に計算できる理論モデルを組み合わせることで、遠方銀河RXCJ0600-z6の実際の姿を復元することにも成功した(図2)。これにより、この銀河の総質量が太陽の約20億~30億倍程度であることがわかった。これは、私たちが住む天の川銀河の約1/100の大きさである。

 

 またRXCJ0600-z6銀河内におけるガスの運動のドップラー効果を調べることで、銀河が回転運動をしていることが判明した。これまでは、初期の銀河に含まれるガスはランダムな動きをしていて、整然と回転している成熟した現在の渦巻銀河とは異なると考えられていた。宇宙誕生後9億年という早い時代にRXCJ0600-z6ほどの小さな銀河が回転によって支えられていることが明らかになったのは、今回が初めてのことである。RXCJ-0600-z6はまだ一例にすぎないが、初期宇宙に普遍的に存在していた小さな銀河が回転していたことを示しており、銀河形成理論にさらに再考が迫られるとしている。

 

 今回の研究成果について藤本征史氏は、「RXCJ0600-z6で重力レンズの増光率が非常に高いことは、今後の研究への期待も高めてくれます。この銀河は、今年の秋に打ち上げを迎えるジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)でも観測されることが決まりました。アルマでは銀河中の冷たいガスや塵の様子が見えてきましたが、JWSTでは星の分布や若い星が誕生する現場、電離した熱いガスの激しい動きを調べることができます。アルマとJWSTを組み合わせた更なる観測によって、星とそれをとりまく多層的な銀河の構造と運動の様子も解き明かしていく予定です。また、口径30メートル望遠鏡TMTが完成すれば、銀河内部の星団や、ひょっとすると個々の星すら検出できる可能性があります。これまでに同じく重力レンズを使って約95億光年先の星を観測した例がありますが、今回の研究は、これを一気に宇宙誕生後10億年に満たない時代にまで推し進める可能性を秘めています。」とコメントしている。

 

*注1 重力レンズは遠くの銀河から出た、本来届くはずのなかった光が、進路途中の大質量天体の重力によって曲げられて地球に届く現象である。重力がまるでレンズのような働きをするため、重力レンズと呼ばれる。重力レンズを通してみると、遠くの天体の光が増光されたり、複数の像に見えたり、天体の姿が引き伸ばされたりする。つまり宇宙空間に浮かぶ「天然の望遠鏡」といえる。

 

 

図1 ( C ) ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Fujimoto et al., NASA/ESA Hubble Space Telescope

ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した銀河団RXCJ0600-2007の画像に、アルマ望遠鏡で観測した129億光年彼方の銀河RXCJ0600-z6の重力レンズ像を赤色で合成した画像。銀河団による重力レンズ効果でRXCJ0600-z6の像は増光・拡大され、3つ以上に分かれて見えた。

 

 

図2 ( C ) ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Fujimoto et al., NASA/ESA Hubble Space Telescope

銀河団による重力レンズ効果を逆に計算し、復元されたRXCJ0600-z6の実際の姿。アルマ望遠鏡でとらえた炭素イオンが放つ電波の広がりを赤色の等高線で、ハッブル宇宙望遠鏡でとらえた光の広がりを青色の等高線で示している。重力レンズの増光率が最大となる場所(臨界線)が銀河本体の左側を通っていたため、この部分はさらに大きく拡大された(左上の拡大図)。