5月8日

 

 

 東京大学宇宙線研究所、ノースウェスト大学(南アフリカ)などからなる国際研究チームは6日、大小2つの銀河団による衝突が起こっている銀河団Abell 3376(はと座の方向6.4億光年の距離)において、小さい銀河団の中心に位置する銀河から噴射されるジェットが銀河団同士の衝突で生じる磁場構造の境界面(コールドフロント)で二手に折れ曲り、細くたなびく様子が観測とシミュレーションによって初めて捉えられたと発表した(図1)。銀河から吹き出すジェットと銀河団磁場の相互作用の現場が初めて捉えられたことになり、ジェットの構造を詳細に調べることで、直接観測することが難しい磁場の構造を明らかにするという新しい手法が得られたことになり、画期的な研究成果であるとしている。
 
 一般的に銀河は銀河同士が100から数千個ほど群れ集まった「銀河団」を構成している。銀河団は、数千万度から約1億度もの高温のプラズマガス「銀河団ガス」で満たされていることが、エックス線観測から示唆されている。またプラズマ中の高エネルギー粒子が磁場の周りを旋回運動する際に放射する電波(シンクロトロン放射)も観測されたことから、銀河団ガスは磁場を持つことがわかっていた。また、銀河団は銀河団どうしが衝突することで大きく成長しているが、衝突を繰り返す過程で、揃った強い磁場が銀河団ガス中に作られていく場合があると考えられていた。

 

 今回観測の対象となった、はと座の方向6.4億光年先にある銀河団Abell 3376は大小2つの銀河団の正面衝突が起こっている衝突銀河団の一つである。過去の観測から、小さい銀河団は西から東(右から左)に運動していることがわかっている。2つの銀河団にはそれぞれ温度の異なる銀河団ガスが付随し、小さい銀河団の冷たいガスが大きい銀河団の熱いガスを押しのけるように、整ったガスの境界面(コールドフロント)ができていることが知られている。この大きな銀河団のガスに存在する磁場が小さな銀河団の表面に揃った磁場を作る事で、境界面を維持しているという説が最も有力であるが、磁場の構造に関しては詳しくはわかっていなかった。さらに小さい銀河団の中心にはMRC 0600-399と呼ばれる銀河が存在し、過去の観測によって、この銀河の中心にある巨大ブラックホールから「ジェット」と呼ばれる高エネルギー流が噴出していることが知られていた。このジェットは、上下(南北)に差し渡しで約16万光年の距離に伸び、あるところから左向きに折れ曲がる不思議な形状をしている事がわかっていた。左側に移動する小さい銀河団は、大きい銀河団に付随する銀河団ガスを向かい風として左から右に受けることになる。一般的には銀河団ガスの風を受けるとジェットは風下に流れるが、MRC 0600-399のジェットは風上に向かって伸びる大変奇妙な形をしていることが大きな謎であった。

 

 研究チームは衝突銀河団の磁場構造を解明すべく、南アフリカ電波天文台が運用する電波干渉計「ミーアキャット」を用いて、周波数1.28 GHzの電波で銀河団Abell 3376の中心領域を観測した。その結果、銀河団Abell 3376の中心に位置するMRC 0600-399のジェットの細かい様子までかつて無いほど高精度に描き出すことに成功した。また、上下に伸びる2本のジェットのうち特に上に伸びたジェットの折れ曲がる位置が、コールドフロントの位置と一致していることが明らかになった。さらに、非常に細く絞られたジェットが風上となる左側に約30万光年も伸びている事に加えて、風下となる右側にもジェットが伸びていることも判明した。データ解析で中心的役割をになった酒見はる香氏(国立天文台)は、「銀河団の運動によって受ける風でジェットが折れ曲がる場合は、向かい風の方向にはジェットは伸びません。また向かい風を受けて折れ曲がるジェットは銀河団ガスと混ざり合い、一般的には太くなる傾向がありますが、今回観測されたジェットは折れ曲がった後も細く絞られた構造を維持しています。これまで知られていた構造とは明らかに異なるジェットの姿に大変驚きました」とコメントしている。研究チームは、この両側に曲がったジェットを両鎌に見立て,「両鎌(ダブルサイス)構造」と名付けた(図2左)。

 

 研究チームはさらに、銀河団から受ける風と逆向きにジェットが細く伸びるメカニズムを解明するため、国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイⅡ」を用いた3次元磁気流体シミュレーションを行った。コールドフロントに沿った磁場がジェットの運動を妨げていると仮定し、コールドフロントを模したアーチ状の磁場とジェットがどのように相互作用するのかを数値計算で確かめた。その結果、コールドフロントの位置でジェットが磁場とぶつかった後、ジェットが折れ曲がる様子が再現された(図2右)。計算を行った東京大学宇宙線研究所の大村匠氏は「私たちの計算によって、コールドフロントの位置に揃った磁場が存在する可能性が示されました。アーチ状の磁場を作る磁力線はゴム紐のように振る舞います。ジェットがぶつかり変形を受けた磁力線が縮もうとする力によってジェットの進行方向が曲げられ、コールドフロントに沿ってジェットが流されていると解釈することができます。」とコメントしている。本研究が提唱するシナリオでは、ジェットはコールドフロントに沿った磁力線に沿って伸びるため、曲がった後のジェットが細く絞られた状態で伸びるという特徴を説明することが可能である。さらに、上下に噴出するジェットの電波強度が途中で弱くなり、ジェットの折れ曲がりの位置で再度強くなるという観測的特徴が、このシミュレーションにおいても再現された。このように観測の様々な特徴を再現することから、コールドフロントの磁場によってジェットが曲げられていることが強く示唆されるとしている。

本研究は銀河から吹き出すジェットと銀河団磁場の相互作用の現場をとらえた初めての成果である。大村氏は「今回使用したミーアキャットによって細くて長く伸びた直線状の電波放射を持つジェット天体が複数報告されています。これらも磁場と関係している可能性が高く、ジェットの伝搬の様子を調べる事によって、直接観測が難しい銀河団の磁場構造を知る事が可能であるという、新しい切り口を手に入れました。いよいよ建設の始まるスクエア・キローメーター・アレイ(Square Kilometre Array:SKA)計画などの大型電波干渉計によって、より多様な現象が発見されると期待しています。今後は数値計算を用いて、ジェットが銀河団に与える影響を明らかにしていく予定です」と今後の抱負についてコメントしている。

 

 

図1 ( C ) Chibueze, Sakemi, Ohmura et al. 

本研究が提唱する磁場構造とジェットの相互作用シナリオの模式図。小さな銀河団は右から左へ運動している。そのため、小さな銀河団は左から右へ風を受けている状態である。この時小さな銀河団と大きな銀河団の境界であるコールドフロントには、大きな銀河団の磁場が掃き集められて、小さい銀河団を磁力線が包み込む(図中の茶色の曲線)。MRC0600-399から上下に噴出したジェットがコールドフロントの磁力線とぶつかると、磁場の力によってジェットの進行方向を変え、ジェットは磁場に沿って伝わる。実際にはジェットの中で作られた超高速粒子が更に磁力線を伝わっていく事で、より長く電波で明るく光る構造を作ることが考えられる。

 

 

図2 ( C ) Chibueze, Sakemi, Ohmura et al. 

(左)電波干渉計ミーアキャットで観測された銀河MRC 0600-399 のジェットの姿。×印のところにブラックホールが存在し、そこから上下にジェットが吹き出している。ジェットは途中で左右に折れ曲がり、特に左側に細長く伸びた構造を持っている。過去の観測との比較から、上に伸びたジェットはコールドフロントの位置で折れ曲がっていることがわかった。
(右)スーパーコンピュータ「アテルイⅡ」によるジェットと銀河団磁場の相互作用の3次元磁気流体シミュレーション。オレンジから青の部分はガスの速度を表し、オレンジ色であるほど速度が速い。黄色い線は磁力線を表している。まっすぐに進んだジェットはアーチ型の磁場にぶつかる事で、ジェットの進む向きを磁力線の方向に徐々に変えていく。ジェットの内側のガスは様々な向きに運動しているため、最初は揃っていた磁場も複雑に絡まり合う。磁力線に沿ってジェットが伝わる際に、ジェットが上向きに進む力が少し残っているために、左右に伸びた磁力線がジェットによって持ち上げられる様子が見て取れる。この磁力線が持ち上がった部分が、折れ曲がったジェットの先端になる。