5月29日

 

 

 信州大学や国立極地研究所などの研究グループは14日、2018年8月に確認された昭和基地における中性子およびミューオン(*注1)の値の減少が、コロナ質量放出(太陽の爆発現象)(*注2)によるものであることが明らかになったと発表した。さらに汎世界的ミューオン観測網と中性子計群のデータを用いて、この時の地上の宇宙線密度と宇宙線の流れ(異方性)の変化を解析した結果、地球がMFRと呼ばれる太陽から放出されたロープ状の磁力線群の内部に入ったときに宇宙線密度が減少することがわかった。また地球がMFRの外に出る直前に宇宙線密度が急激に増加するが、この原因がMFRの後方から吹いてきた高速の太陽風がMRF後部に追いつき、断熱圧縮が起こることで宇宙線の加速が起きることが要因であるという重要な結果が得られた。宇宙線の加速機構は大きな謎であり、現在でも様々な研究がなされている。

 

 太陽から吹き付ける太陽風中の擾乱は、地球の磁場が乱れる「磁気嵐」の原因になる。大規模な磁気嵐が発生して地磁気が弱くなると、宇宙に存在する低エネルギー放射線が通常より多く地球近くにまで侵入し、人工衛星の故障や、飛行機乗務員の被ばく、地上の送電網の異常などが生じる恐れがあるため、太陽活動に伴う地球への影響を予測する「宇宙天気予報」の研究は重要である。

 

 地上での宇宙線連続観測による宇宙天気研究は、主に中性子計と多方向ミューオン計による観測データを用いて行われている。宇宙天気現象は短期間(数日)スケールの現象であるため、数時間の宇宙線の流れの変化を調べることが有効であり、そのためには宇宙線の全天モニタが必要になる。ミューオン計においては2006年から汎世界的ミューオン観測網が宇宙天気現象の観測を行っており、中性子計では宇宙船地球号(Spaceship Earth)計画が同様の観測網を構成し、全天モニタの役割を担っている。これまで中性子計とミューオン計による観測は独立して行われ、それぞれ宇宙天気研究で成果を挙げてきたが、両者による観測が同時に行われている地点はほとんどなかった。

 

 研究チームは2018年2月、中性子計とミューオン計による観測の橋渡し的なデータを取得するため、信州大学の加藤千尋教授が中心となり、昭和基地において中性子計とミューオン計の同時観測を開始した。また極地では地磁気の特性上、地球上のほかの場所と異なり、同じ方向から来た宇宙線を中性子計とミューオン計で観測することが可能である(*注3)。そして2018年8月に、昭和基地の中性子計とミューオン計で計数が低下する様子を観測することに成功した。研究チームはこの要因を探るべく、太陽風プラズマの人工衛星観測データ等を調査した結果、計数の低下が、コロナ質量放出によって太陽から吹き出る、螺旋状のロープのようなねじれた磁力線群(磁気フラックスロープ、MFR)の到来によるものであると結論づけた。コロナ質量放出は太陽での爆発現象で、文字通りコロナの物質を惑星間空間へ放出する。その際太陽磁場もコロナ物質に引きずられて放出されるが、磁力線の根元が太陽につながっているために磁気フラックスロープ(MFR)と呼ばれる輪を形成し、その輪はだんだん広がっていく。MFR内部は、もともと宇宙線の少ないコロナ中の領域が膨張して形成されるため、その内部では宇宙線密度が低く、到来したMFR内に地球が入ると宇宙線の計数が下がる(フォーブッシュ減少と呼ばれる)。また汎世界的ミューオン観測網のデータを解析した結果、宇宙線密度と異方性(宇宙線の流れ)が図1のように変化していることが確認された。MFRの前面に形成された衝撃波が到来(ピンクの線)し、その後地球はMFR内部に入る(図中青線の間)。注目すべきは宇宙線密度の変化である。衝撃波の通過後密度は減少し(フォーブッシュ減少)、その後回復に転じる(パネル(d)の青い部分)。通常はMFR到来前の水準まで回復するが、このイベントでは、MFRの後縁部(薄い青で表示されている部分)でMFR到来前の水準を超えて宇宙線密度が増加している(パネル(d)の赤い部分)。このイベントは磁場強度とプラズマ密度の増加している期間と重なっていることなどから、高速の太陽風プラズマが後方から追いついてMFRを局所的に圧縮しているのではないかと研究チームは考えた。そこで図2のようにモデル化し、それによって観測結果が定量的に再現されることが判明した。

 

*注1 宇宙空間には超新星爆発などにより加速された陽子やヘリウムなどの原子核(一次宇宙線)が飛び交っており、それが地球大気上層部の原子核(窒素や酸素など)と衝突することで二次的に素粒子・原子核(二次宇宙線)が発生する。このように発生した宇宙線の中にミューオンが含まれており、1分間に1平方センチあたり1本程度の割合でつねに地上へと降り注いでいる。このような自然現象により発生する宇宙線ミューオンは幅広いエネルギーの分布を持ち、その中でも高いエネルギーを持つミューオンは岩盤1kmでも貫通する事ができる。

 

*注2 太陽のコロナ中の磁気エネルギーが突発的に解放される「太陽フレア」と呼ばれる爆発現象に伴って、大量のプラズマと磁場が放出される現象。

 

*注3 宇宙線は荷電粒子で、地上のミューオン計で観測される宇宙線のエネルギーは、中性子計で観測される宇宙線より約6倍高い。地球に到来した宇宙線は地球の磁場によってその軌道が曲げられるが、その曲がりは宇宙線のエネルギーに依存するので、異なるエネルギーを持つ宇宙線は異なる軌道をとる。これは地上の同じ地点で同じ方向を観測しても、異なるエネルギーの宇宙線は宇宙空間の異なる方向から来ていることを意味する。ただし、地球の磁場は極域においては宇宙空間に開いて(棒磁石のN極、S極の磁力線のように)いるため、極域では、宇宙線は磁力線に沿った形で入射することになり、中性子計とミューオン計でほぼ同じ方向から到来した宇宙線を観測することが可能になる。

 

 

図1 ( C ) 国立極地研究所

上から順に(a)太陽風速度(黒)と太陽風の吹く向き(青)、(b)太陽風プラズマの密度(黒)と温度(青)、(c)惑星間空間磁場強度(黒)とそのゆらぎ(青)、(d)宇宙線密度、(e)、(f)、(g)はそれぞれ異方性から計算した密度勾配のx、y、z成分、(e)の赤いプロットは宇宙線密度(d)の時間微分で、密度勾配のx成分の独立な指標。

 

 

図2 ( C ) 国立極地研究所

MFR断熱圧縮のモデル