6月5日

 

 

 フランクフルト大学理論物理学研究所の物理学者であるプラシャント・コチャラコタ博士とルチアーノ・レッツォーラ教授らの国際研究チームは5月21日、2019年4月に公開された楕円銀河M87の中心にあるブラックホールの観測データと、重力理論が適合するかを調査した結果、ブラックホールシャドウの大きさを一般相対性理論でうまく再現することに成功したと発表した。また別の理論である超ひも理論においてもブラックホールシャドウの大きさをある程度説明できることがわかった。今回の研究成果により、ブラックホール解の有効範囲に制限をつけることができたとしている。

 

 ドイツの天文学者カール・シュヴァルツシルトは、ブラックホールでは異常なまでに中心に質量が集中することで、時空が大きく曲げられると過去に予言していた。中心のブラックホールへ落ち込む物質は熱せられ光り始めるが、ブラックホールの端である事象の地平線を境に光や物質が逃げられなくなるため、ブラックホールは黒く見える。質量、回転、そしてまとめてチャージと呼ばれる物理量のみがブラックホールを理論的に表現するためには必要だと考えられている。またブラックホールを表現する式は、アインシュタインの一般相対性理論だけでなく、物質やすべての粒子を小さなひものゆらぎとして記述する超ひも理論にヒントを得た重力理論も存在する。超ひも理論で表現したブラックホールは、基礎物理学に対して新しい場を追加する必要があるため、一般相対性理論で表現した場合と比べてその大きさや時空のゆがみ具合いが観測可能なほど変化すると考えられている。

 

 2019年4月にイベント・ホライズン・テレスコープ(Event Horizon Telescope, EHT)国際協力プロジェクトのチームが、楕円銀河M87おとめ座銀河団の中心に位置する超巨大ブラックホールのブラックホールシャドウの画像を世界で初めて発表した。超巨大ブラックホールの質量は、太陽65億個分の質量に相当する。このM87巨大ブラックホールのシャドウの画像は、2015年の重力波の測定に続き、ブラックホールが実在することを証明する最初の実験的証拠となり、多くの注目を集めた。

 

 今回研究チームは、アインシュタインの一般相対性理論を検証するべく、EHTの観測で得られたM87巨大ブラックホールのデータを分析することとした。その結果、ブラックホールシャドウの大きさは、一般相対性理論で見事に説明できることが判明した。さらに別の重力理論である超ひも理論においても同様に検証したところ、ある程度の一致が見られることが判明した。プラシャント・コチャラコタ博士は「EHTの観測で得られたブラックホールの画像を使ってさまざまな物理学の理論を検証することができるようになりました。現在のところ、M87のブラックホール・シャドウの大きさからは、一般相対性理論以外の重力理論の可能性を否定することはできませんが、今回の計算により、これらのブラックホール解の有効範囲を制限することができました。」とコメントしている。さらにルチアーノ・レッツォーラ教授は「私たち理論物理学者にとって、ブラックホールという概念は、悩みの種であると同時にインスピレーションの源でもあります。私たちは、事象の地平線や特異点など、一般相対論から計算されるブラックホールの描像にいまだに悩まされており、一般相対論に代わる他の重力理論で新しい解決策を見つけたいと常に思っています。我々のような結果を得ることで、何がもっともらしくて何がそうでないかを判断することは非常に重要です。」とコメントしている。

 

 上海交通大学李政道研究所の水野陽介准教授は「今回の結果は重要な第一歩であり、今後、新たな観測が行われれば、我々の制約条件も改善されていくでしょう」と今後の期待ついてコメントしている。

 

 

( C ) P. Kocherlakota (Univ. Frankfurt), EHT Collaboration & Fiks Film 2021

さまざまな重力理論における事象の地平線 (Horizon) のサイズ。ブラックホール・シャドウ (Shadow) の大きさもそれぞれ異なり、シャドウが灰色の領域 (EHT allowed region) にくる理論だけが、2017年にEHTで観測したM87巨大ブラックホールの結果と一致する。下の赤丸で表した理論モデルは、小さすぎるためM87巨大ブラックホールのモデルには適していない。