6月26日

 

 

 東北大学学際科学フロンティア研究所の市川幸平助教を中心とする研究グループは7日、活動銀河核が死につつある瞬間を初めて捉えることに成功したと発表した。研究チームはアルマ望遠鏡とVLA望遠鏡を用いて、ジェットを出している活動銀河核Arp 187天体(エリダヌス座方向にある)を観測した結果、ジェットに特有の広がった2つの構造が見られた一方で、中心核に付随する電波が非常に暗くて見えない状態になっているところを見つけた。さらに活動銀河核が作るおよそ3000 光年にもおよぶ電離領域を「鏡」として利用して得られた過去の活動銀河核の光度と、NuSTAR衛星によるX 線観測から得られた現在の光度との比較を行った結果、活動銀河核の光度がこの3000 年程度で1000 分の1以下に暗くなったことが明らかになったことから、今回の研究発表に至った。今後は活動銀河核の中心にある超巨大ブラックホール周辺の分子ガス分布を調査することで、超巨大ブラックホールの最期がどのような環境であるかを明らかにする予定であるとしている。

 

 宇宙には数多くの銀河が存在し、その銀河の中心には太陽質量の100 万倍から100 億倍にも及ぶ超巨大ブラックホール(注1)が存在することが知られている。このような巨大な質量をもつ超巨大ブラックホールがどのようにして誕生し、質量を増やし、そして成長をやめて終焉を迎えるのかは未だに分かっておらず、大きな謎の一つとされている。ブラックホールそのものは光を出さないが、ブラックホールの周りにガスが落ち込むと、ガスは重力エネルギーを開放し、光を放つ。このような天体は活動銀河核と呼ばれる。活動銀河核として明るくなった超巨大ブラックホールを観測することで超巨大ブラックホールがどのように成長してきたのかを探ることができる。その一方で活動銀河核の終焉の現場は、長らく発見されていなかった。いままで発見されてきた超巨大ブラックホールの質量はせいぜい太陽の100 億倍程度であることから、この活動はいつか終わりを迎えるはずである。しかし超巨大ブラックホールがいったん活動をやめると、その周辺は急激に輝きを失い観測不可能となってしまうため、その現場を捉えるのは非常に困難であった。

 

 市川幸平助教らの研究チームは「死につつある活動銀河核」を発見すべく、活動銀河核が作り出す周辺の環境の変化に着目することとした。活動銀河核は膨大かつ高エネルギーの光を出すため、活動銀河核周囲のガスは電離(注2)され、その電離領域は約3000光年にも及ぶ。またブラックホール周辺から噴出したジェットが1 万光年にもおよぶこともある。つまり、活動銀河核の特徴的な構造は超巨大ブラックホールから1万光年ほどまで広がる。

 

 研究チームは活動銀河核中心からジェットを出しているArp 187 という天体をアルマ望遠鏡やアメリカにあるVLA 望遠鏡が電波で観測したデータを解析した。その結果、ジェットに特有の広がった2つの構造が見られた一方で、中心核に付随する電波が非常に暗く見えない様子を捉えることに成功した(図1)。活動銀河核の様々な物理スケールの特徴量をさらに見ていくと、100 光年より小さい物理スケールでは活動銀河核の特徴が全く見られないことが判明した。これは活動銀河核がこの約3000 年以内という「最近」に活動をやめたと考えると自然に説明できるとしている。いったん活動銀河核が活動をやめると、光の供給がなくなり小さいスケールから順々に暗くなるが、大きいスケールを持つ電離領域では光が3000 光年ほど「寄り道」してから届くため、3000年前の活動銀河核の光がまだ観測可能である(図2)。

 

 さらに研究チームはこの活動銀河核がどの程度暗くなったかを見積もった。電離領域の光度は太陽光度の約3 兆倍であり、3000 年ほど前は非常に活発であった。その一方で現在の光度はNASA のNuSTAR 衛星 (注2)でX 線観測から得られており、X 線は検出されず 、太陽光度の約10 億倍よりも暗いことがわかっている。これらを比較することで3000年程度で光度が1000分の1以下に暗くなったことを明らかにした。

 

 市川幸平助教は、「今回は一天体のみの発見ですが、同様の手法を用いて、死につつある活動銀河核をより多く探査することを検討しています。さらに、超巨大ブラックホール周辺の分子ガス分布を調査することで、超巨大ブラックホールの最期がどのような環境なのかを明らかにする予定です」と今後の展望についてコメントしている。

 

(注1)電離
原子は中性の時には原子核とその周りを回る電子で構成されている。この電子が周りからの(今回の場合は高エネルギーの光子による)相互作用によって外に叩き出されてしまう現象を電離と言う。電離された原子が存在することで、過去に原子が電離するほどの高エネルギー光子にさらされたという間接的な証拠になる。

 

(注2) NuSTAR衛星
NASA が打ち上げたX 線天文衛星。10 keV 以上のエネルギー帯での観測が可能で、周りのガスの吸収の影響を受けずに活動銀河核の現在の光度を見積もるのに最適な衛星である。

 

 

図1 ( C ) ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Ichikawa et al.

VLA望遠鏡とアルマ望遠鏡の観測から得られたArp 187の電波画像(VLA 4.86 GHzに青、VLA 8.44 GHzに緑、アルマ望遠鏡 133 GHzに赤を割り当てた擬似カラー画像)。2つの電波構造が見えるが、中心核(画像中央部)は暗いことがわかる。

 

 

図2 ( C ) Ichikawa et al.

死につつある活動銀河核のイメージ図。一般的な活動銀河核は広がった電離領域(約3000光年)および中心核(<30光年)の両方で明るく輝くが、死につつある活動銀河核では中心核はすでに暗くなり、広がった電離領域のみが明るく輝いている。