9月11日

 

 

 国立極地研究所の片岡龍峰准教授と統計数理研究所の中野慎也准教授は8日、オーロラ帯の位置を求める計算手法について、近年の観測データを用いて統計的に検証し、その手法を地磁気モデルに応用する方法で、過去3000年のオーロラ帯の変化を連続的に再現することに成功したと発表した。この再現により、過去3000年間で日本とオーロラ帯との距離が最も近かったのは12世紀であることが判明した(図1右)。これは、鎌倉時代の歌人・藤原定家が「明月記」の中で述べた、1204年2月に京都からオーロラ見えたという情報と整合性があるとしている。また将来、激しい太陽活動が起こった場合にオーロラが広範囲に発生し、その影響による電力障害等が懸念される。今回の研究成果は、このような宇宙災害の被害地域や規模を想定する際の判断材料にもなる重要な結果である。

 

 オーロラは、太陽からやってくる太陽風の中に含まれる荷電粒子が地球大気(上層圏)の中の酸素分子・原子や窒素分子・原子と衝突する際に放出される光エネルギーの発光現象である。南極から北極に向かって磁力線が張っており、太陽からやってきた荷電粒子は磁力線に捉えられて磁力線に沿って運動するため、荷電粒子と地球大気の分子・原子が衝突するのは主に極地圏の上層大気である。このように地球上でオーロラが見えやすい地域を示す場所は「オーロラ帯」と呼ばれ、その範囲は、地磁気の変動に伴って年々変化する。地磁気の変動は主に太陽活動と関わりがあり、太陽活動が激しい(コロナ質量放出が活発的である等)場合に、地球の地磁気は大きく乱れる。

 

 「オーロラ帯」は、地磁気極(*注1)を取り囲んでドーナツ状に存在し、磁気緯度(*注2)が65度から70度の地域と定義される。現在の地磁気極は、北半球ではグリーンランド北部、南半球では南極大陸上の「ドームC」付近にあるが、地磁気は時代によって変動するため、地磁気極やオーロラ帯の位置も変わり、その変化に応じてオーロラが目撃される場所も変化してきた。日本は、少なくとも過去1万年は磁気緯度が低く、オーロラ帯に入ったことはないが、太陽活動が活発的になり磁気嵐が起こり、大規模なオーロラが発生した場合には、日本でもオーロラが目撃されることがある。これまでの研究で、鎌倉時代の1200年頃は地磁気の軸が日本側へ若干傾いていたために、過去2000年の間で最もオーロラが見えやすい時期だったと考えられていた。そして、藤原定家が、1204年2月、「明月記」にその目撃情報をたびたび記した「赤気」という語は、オーロラを指していたことが明らかになっている。これまでに地磁気の軸の傾きによってオーロラが見えやすい地域が変化するという報告は数多くなされてきたが、数千年という長期にわたるオーロラ帯の位置や形状は詳細には再現できていなかった。

 

 研究チームは数千年にわたるオーロラ帯の位置や形状を再現すべく、過去の複雑な地磁気の変化について、世界中の様々な時代の古地磁気データと整合するよう再構成した古地磁気モデル「CALS」を用いて、過去3000年のオーロラ帯の変化を再現することを試みることとした。その際に、まずオーロラ帯の再現に適した磁気緯度の求め方を検討した。磁気緯度の求め方には、その場の伏角のみから直接計算する「伏角緯度」や、地磁気の双極子成分のみを考慮した「双極子緯度」など、複数の異なる計算方法がある。しかしながら、伏角緯度は局所的な磁気異常の影響を受けすぎる、双極子緯度は実際の地磁気の歪みを無視しすぎる、という欠点があった。本研究では、磁力線を磁気圏まで辿った先の頂点高度で緯度を再定義する「頂点緯度」を古地磁気モデルに適用し、オーロラ発生位置の正確な再現を試みた。そして古地磁気モデルとしてCALSモデルよりも高精度なIGRFモデル(*注3)を用い、過去50年の地上磁力計によるオーロラ電流観測データの統計解析結果をモデル計算と比較した。その結果、「頂点緯度」を用いた手法は双極子緯度や伏角緯度よりも妥当であることが確認された。そして頂点緯度をCALSモデルに適用することで、過去3000年のオーロラ帯を再現することに成功した。再現の結果、オーロラ帯の位置は、12世紀に日本に最も距離が近かったこと、つまり、その頃が過去3000年の間で最も日本でオーロラが見られやすかった時期であったことが判明した(図1)。また、12世紀前後のオーロラ帯の位置は、ノルウェーの古文書「散文のエッダ」や「王の鏡」のオーロラに関する記述とも整合することがわかった。さらに、19世紀のドイツの科学者ヘルマン・フリッツが作成した、18~19世紀のオーロラ目撃事例をプロットした地図に見られる「オーロラ帯がイギリスのほうへ膨らんでいる」という特徴的な歪みについても、本研究の計算結果と一致した。

 

 将来起こりうる大規模な磁気嵐によって、オーロラが広範囲で発生すると、オーロラの誘導電流によって主要都市の電力ネットワークが破壊され、深刻な停電被害が引き起こされる危険性が高まる。本研究によって、現在から過去3000年間の最も精緻で信頼できるオーロラ帯の世界地図を獲得したことは、そのような将来の世界的な停電被害を想定するためのハザードマップの基礎をなす成果であるとしている。

 

*注1 地球磁場を双極子に近似した時に、その軸が地上と交わる点を地磁気極という。

 

*注2 自転軸ではなく地磁気から決めた緯度。

 

*注3 地磁気の全球モデルであるIGRFモデルは、地磁気の主磁場(地球内部の外核を起源とする磁場)を表したモデルである。 観測される地磁気の値は、主磁場以外にも外部起源の磁場や地殻起源の残留磁気を含んだ値となるが、観測した値から全球モデルの値を差し引くことで、磁気異常と呼ばれる標準的な磁場分布からの差が得られる。これによって地殻起源の残留磁気の分布を知ることができるとされている。

 

 

図1 ( C ) 国立極地研究所、統計数理研究所

北極域における2010年のオーロラ帯(左)と、本研究により明らかになった1200年時点のオーロラ帯(右)。北極点を中心とした地図上に示した。赤と青の塗りつぶし部分がオーロラ帯。オーロラ帯の外側の色線は、外側から、磁気緯度40度、60度を示している。