10月2日

 

 

 カリフォルニア大学のMichael Wong氏を中心とする研究グループは9月27日、11年間に渡るハッブル宇宙望遠鏡による木星の観測により、南半球にある大気渦である大赤斑(*注1)の外側の回転速度の平均風速が8%増加し、時速640kmに達していることが判明したと発表した(図1)。大赤斑の内側よりも外側の方が回転速度が速いのは特異的な構造であり、いまだに謎が多い。今回の研究成果は大気上層部のデータを解析した結果であり、下側領域の構造がまだよくわかっていない。研究チームは大赤斑の下層部の構造に外側領域の高速回転のエネルギーの起源があると考えており、今後の観測によって大赤斑下層部の構造解明が期待される。

 

 大赤斑は木星内部から上昇してきた物質で構成されており、横から見ればウェディングケーキのような構造で、中央にある雲が外側にかけて滝のように落ちるような構造であると考えられている。これまでの研究で、大赤斑のサイズはだんだん収縮し、楕円形から円形に変化してきていることがわかっている。また直径は16,000kmであり、地球がすっぽりと収まるサイズである。

 

 ハッブル宇宙望遠鏡は木星の風の速度を捉えられるほど高性能であり、時速2.5kmの変化を察知することができる。この高性能があるがゆえに、今回はじめて大赤斑の回転速度の変化を捉えることに成功した。

 

 研究チームは2009年から2020年にかけて高性能なハッブル宇宙望遠鏡を用いて木星大赤斑の観測を行ってきた。そして大赤斑における風速ベクトルの観測データを解析した結果、外側の領域が内側の領域よりも速く回転していることが判明した(図1)。さらに観測期間11年の間に外側の領域の回転速度が8%増加していることが判明した。また内側の領域では逆に回転速度がだんだんと遅くなっていることがわかった。観測データの解析の際には1000の風速ベクトルのうち10~100の風速ベクトルを用いて解析を行う新たな手法を取り入れたとしている。

 

 ここで、なぜ外側領域の高速回転が生み出されるのかという疑問が生じる。ハッブル宇宙望遠鏡では大赤斑下部の構造を見ることができない。研究チームはこの下部の構造を調べることで、外側領域の高速回転のエネルギー源を見つけ出すことができると考えている。また大赤斑の下部構造がわかれば、大赤斑がどのようにして生み出されるのかという疑問を解決することにもつながるとしている。

 

 研究チームは木星大赤斑の観測だけでなく、海王星の大気渦の観測を含むそのほかの惑星の大気渦の観測を行ってきた。特に海王星では、大気渦が惑星表面をさまよいつつ、数年後に突然消えるという事象を発見した。このような研究が個々の惑星の大気渦の構造を解明するだけでなく、一般的な惑星の大気渦を駆動する物理学を解明する手掛かりになると考えており、研究チームは今後その解明を目指している。

 

*注1 木星の南半球にある巨大な大気渦。南半球にあって反時計回りの回転を示すこと、赤外線での観測によると周囲より温度が低いことなどから、周囲より高い高度にある高気圧渦であると考えられる。1665年にカッシーニ(G.D. Cassini)が観測したという記録があり、300年以上にわたって安定に存在している可能性がある。より詳細な観測が行われるようになって以降、大赤斑の経度は変化しているが緯度はほとんど変化していない。その構造や赤っぽい色の成因については、まだよくわかっていない。

 

 

図1 ( C ) NASA, ESA, Michael H. Wong (UC Berkeley)

ハッブル宇宙望遠鏡によって観測された大赤斑における可視画像(左)と風速成分(右)。外側の緑の線が大赤斑外側領域の風速ベクトルをつなげた線であり、この11年で平均風速が8%アップし、時速640kmにも達することが判明した。内側の領域の緑の線も同じく風速ベクトルをつなげた線であるが、この11年でだんだん遅くなってきていることが判明した。

 

 

( C ) NASA, ESA, A. Simon (Goddard Space Flight Center), and M. H. Wong (University of California, Berkeley) and the OPAL team.

2020年8月25日にハッブル宇宙望遠鏡によって撮影された木星と衛星エウロパの姿。